Status as a Service (サービスとしてのステータス)

編集部注1: 私には編集者はいません。

編集部注2: このブログを初めて購読する方には、私の記事のほとんどがこの記事ほど長くないことを保証したいと思います。また、前回の記事ほどでもありません。このブログへの投稿を長い間中断していたため、この作品は、通常ならば一連の短い投稿をまとめたものになっています。下にセクションタイトルをつけていますので、興味のないものは読み飛ばしてください。私の短い記事はツイッターにあります。以上、何もお詫びすることはありません。

編集部注3: 嘘ですが、一つだけ謝りたいことがあります。仕事用のパソコンがないため、7年前の13インチのMacbook Proをメインに使わざるを得ず、さらに昨年末には手根管症候群が再発し、手首の痛みで衰弱してしまいました。メインのパソコンはノートパソコンか、iPadだという人もいると思いますが、コンパクトなキーボードで長時間入力すると、手が動かなくなってしまうのです。そこで、昔から愛用しているKinesis Advantage 2エルゴキーボードを使って入力するようにしたところ、調子が戻ってきたのです。

編集部注4: 先日、パトリック・オショーネシー氏のポッドキャスト「Invest Like the Best」に出演した際、ディスカッションの最後に、ソーシャルネットワークとICOの類似性について取り組んでいた新しいエッセイについて触れました。これがその作品です。


▼本記事の内容
  1. ステータスを求めるサル
  2. ソーシャルネットワークの伝統的なネットワーク効果モデル
  3. ユーティリティとソーシャルキャピタルのフレームワーク
  4. ICOとしてのソーシャルネットワーク
  5. プルーフ・オブ・ワークが重要な理由
  6. フェイスブックの独自のプルーフ・オブ・ワーク
  7. ソーシャルキャピタルのROI
  8. ステータス重視のネットワークでは、なぜプルーフ・オブ・ワークをコピーすることが不適切なのか?
  9. テクノロジー史上最大のソーシャルキャピタル創出イベント
  10. ソーシャルキャピタルの蓄積が若年層に偏る理由
  11. 私には多くのものが含まれている(若き血の言葉)
  12. ソーシャルネットワークの共通点
  13. ソーシャルキャピタルとユーティリティの両立
  14. ソーシャルネットワークの漸近線1:プルーフ・オブ・ワーク
  15. ソーシャルネットワークの漸近線2:ソーシャルキャピタルのインフレーションとデバリュエーション
  16. ソーシャルキャピタルの金利上昇
  17. ソーシャルキャピタル・デフレーション: 希少性の不安定さまたはグルーチョ・マルクスの難問
  18. ソーシャルキャピタルの評価低下リスクの軽減、そしてスナップチャットの戦略
  19. ステータスゲームの半減期を長くする
  20. ソーシャルに苦戦する企業が出てくる理由
  21. ケーキを食べればいいじゃない
  22. ソーシャルキャピタルとファイナンシャルキャピタルの交換
  23. ソーシャルキャピタルの蓄積と保管
  24. ソーシャルキャピタル・アービトラージ
  25. 一時的なエネルギー源としてのソーシャルキャピタル・ゲーム
  26. 有名人のアプリが失敗する理由
  27. 結論: 誰もが世界を支配したいと思っている

* この記事は、「Status as a Service (StaaS)」を著者の了承を得た上で翻訳したものです。

著者: Eugene Wei
翻訳者: 渡辺圭祐


ステータスを求めるサル

“財産が少ない人は、より多くの社会資本を求めているに違いないというのは、誰もが認める真実である。” 

これはジェーン・オースティンが書いたものですが、もし彼女が今の時代を記録していたら、そうしていたと思います(代わりにテイラー・ローレンツがいますが、これはありがたいことです)。

まず、2つの原則から始めましょう。

・人はステータス(地位)を求めるサルである*。
・人はソーシャルキャピタル(社会資本)を最大化するために最も効率的な道を探す

* もし私がギターを弾けるようになってバンドを始めたら、「ステータスを求めるサル」は私のインディーズバンドの名前になるでしょう。

訳者注:
ステータス = 社会的地位: 社会の中に確立された、人々の名誉や威信を伴う位置。Wikipediaより引用
ソーシャルキャピタル: プルーフ・オブ・ワークによって得られるソーシャルネットワーク上の資本。正の方向に蓄積する = ステータスが上昇するという関係にある。

この2つの人間性に関する観察に異論を唱える人はほとんどいないと思いますが、世界史上最大規模で急成長している企業であるソーシャルネットワークがステータスやソーシャルキャピタルの次元で分析されているのを見たことはほとんどありません。

これは測定の問題でもあります。数字は正統性と信頼性をもたらします。私たちは、金融資本とその流れを分母にして測定する方法を古くから持っています。貨幣の価格や動きについては、ウェブサイトの一部や新聞の一部、そして多くの機関が正確に報告しています。

しかし、ソーシャルキャピタルの価値や動きを測定する方法は、少なくともそのような精度や正確さではありません。研究の範囲は広く、かつ貧弱です。もし、ユーザー数以外にも優れた測定方法があれば、この記事や他の多くの記事は、分析に知的な重みを与えるチャートやグラフでいっぱいになるでしょう。MeekerのInternet Trends Reportのように、State of Socialと呼ばれる年次発表が行われるでしょうし、あるいは彼女の年次報告書の50ページのサブセクションになるかもしれません。

それにもかかわらず、私たちが調査したソーシャルメディアネットワークのほとんどは、特にその初期段階では、実際の金融資本よりもはるかに多くのソーシャルキャピタルを生み出しています。そのような企業のほとんどは、シリコンバレーの有名な定説の一つである「初期段階では、ネットワークの急速な拡大を優先して、収益を上げることを先延ばしにすべきだ」という考え方を取り入れています。ソーシャルネットワークが熱を失い、失速し、時には完全に消滅してしまう理由には、ソーシャルキャピタルが大きく関わっています。そして、ソーシャルキャピタルを数値化することはできないかもしれませんが、非常に鋭敏な社会的生物である私たちはそれを感じることができます。

ソーシャルキャピタルは多くの意味で金融資本の先行指標であり、その性質はより厳密に吟味されるべきものです。投資やビジネスの手法として優れているだけでなく、ソーシャルキャピタルのダイナミクスを分析することで、他の方法では不合理と思われるあらゆる種類のオンライン行動を説明することができます。

ここ数年、SaaS (Software as a Service)ビジネスに対する分析は大きく進展してきました。しかし、ソーシャルネットワークの分析はそれほど進んでいません。ソーシャルネットワークの分析は、Paul Romerの内生的技術変化に関する論文が発表されるずっと前の経済成長理論のようだと私は感じています。しかし、ソーシャルネットワークをSaaSビジネスと同じように考えれば、ソーシャルネットワークの謎を解くことができます。この記事では、私がStaaS (Status as a Service)ビジネスと呼んでいるものについて深く掘り下げてみました。

この記事は一連の強力な仮説と考えてください。私が存在するかどうかさえ分からない種類のデータにアクセスできない限り、決定的なことを言うのは困難です。これまで同様、賢明な読者の皆様には、いつものように補足や反論をしていただきたいと思います。

ソーシャルネットワークの伝統的なネットワーク効果モデル

ソーシャルネットワークが成功するための基本的な教訓の一つは、ユーザー数が少ないときに、まず人々にアピールしなければならないということです。一般的には、シングルユーザー向けのユーティリティーを提供することで実現されます。

これはソーシャルネットワークの典型的なコールドスタート問題です。 伝統的なニワトリ卵の問題の答えは、実際に答えることができます。それは、最初に来るのは一羽のニワトリで、次にもう一羽のニワトリが来て、さらにもう一羽のニワトリが来て…という具合です。この問題を難しくするのは、他のニワトリがいないときになぜ最初のニワトリが来て留まり、他のニワトリが後に続くのかという点です。

基本的な教訓の二つ目は、ソーシャルネットワークには強力なネットワーク効果がなければならないということです。ネットワーク効果があれば、ユーザーが増えれば増えるほど、ネットワークはポジティブなフライホイールのように成長し、正のネットワーク効果による複合的な価値により、うなぎ上りの成長がもたらされます。「ツールのために来て、ネットワークのために留まる (Come for the tool, stay for the network)」というクリス・ディクソンの言葉はこの仕組みを表す最も印象的な格言でしょう。

ソーシャルネットワーク以前にも通信ネットワークには「メトカーフの法則」がありました。

通信ネットワークの価値は、そのシステムに接続しているユーザーの数の二乗 (n^2) に比例する。

これはソーシャルネットワークにもきれいに適用されます。直感的に理解できますし、ソーシャルネットワークの成長曲線が古典的な成長S字カーブの足首の部分で急激に曲がる理由を説明する、興味をそそる数式も含まれています。

しかし、より深く掘り下げると多くの疑問が残ります。なぜ大規模なソーシャルネットワークが突然衰退したり、新しい小さなネットワークに負けてしまうのか?シングルプレイヤー用の優れたツールを持つ新しいソーシャルネットワークの中には、ネットワークへの転換に失敗するものがある一方で、一見軽薄な目的を持つものが躍進するのはなぜでしょうか?ユーザー数が増えると価値が下がるネットワークがあるのはなぜなのでしょうか?ユーザー数が増えると失速するネットワークがあるのはなぜでしょうか?なぜ国境を簡単に越えるネットワークと、特定の国に閉じこもるネットワークがあるのでしょうか?メトカーフの法則が成り立つとしたら、フェイスブックが他のソーシャルネットワークの機能をコピーした時、失敗したものもあれば、インスタグラムストーリーズのように成功するものもあるのはなぜなのでしょうか?

これらの説明の多くを結びつけているのがソーシャルキャピタル理論であり、ソーシャルネットワークの分析方法には、ソーシャルキャピタル資産の蓄積やステータスゲームの性質と構造の研究が含まれているはずです。言い換えれば、人はステータスを求めるサルであり、常に最も効率的な方法でより多くのステータスを求めようとしているという事実を、意識的にせよそうでないにせよ、企業はどのように利用しているのでしょうか。

ニッキー・ミナージュの言葉を借りれば、”If I’m fake I ain’t notice because my followers ain’t. (私が偽物であれば、フォロワーがいないので気づかれない) “です。

[(編集部注:実際にはフォロワーが偽物の場合もある)。]

ユーティリティとソーシャルキャピタルのフレームワーク

古典的なネットワーク効果理論はまだ有効であり、私はそれを捨て去るつもりはありません。その代わりに、ソーシャルキャピタルの理論を加えてみましょう。私はこれらを合わせてソーシャルネットワークの健全性を分析する際の2つの軸としています。

実際には、私はソーシャルネットワークを分析するのに、3つの軸を使うことが多いです。

(ソーシャルネットワークの強さを評価する3つの軸)

この記事では、ユーティリティとソーシャルキャピタルの2つの軸だけを見てみたいと思います。

(この記事のソーシャルネットワーク分析の多くを導く基本的な2軸のフレームワーク)

ユーティリティ(実用性)についてはあまり説明する必要はありませんが、私たちはしばしばこの言葉を非常に緩く使い、それほど有用ではないのにユーティリティがあると分類してしまうことがあります(私たちは一般的にサーカスをパンと混同しますが、その逆はありません。フェイスブックのようなソーシャルネットワークは、他の方法では追跡するのが難しい多くの人々と連絡を取ることができ、それは有用です)。 WhatsAppのようなメッセージングアプリを使えば、テキスト料金や追加のデータ料金を支払うことなく、世界中の人々とコミュニケーションをとることができ、それは便利なことです。QuoraやReddit、Discordなど、ほとんどのソーシャルネットワークが何らかの形でユーティリティを提供しています。

もう1つの軸は、正確な言葉ではありませんが、ソーシャルキャピタル軸、またはステータス軸です。ソーシャルネットワークを使ってソーシャルキャピタルを蓄積することができますか?どんな形で?それはどのように測定されますか?そして、そのステータスを獲得するにはどうすればいいのでしょうか?

ソーシャルネットワークの成功にはいくつかの異なる方法がありますが、ソーシャルキャピタル軸で競争するものは、純粋なユーティリティ軸で競争するものよりも神秘的であることが多いです。純粋なユーティリティでの競争は、ダーウィン的で、冷酷で、非常に判断しやすい傾向があります。例えば、メッセージングやビデオ会議などのコミュニケーションサービスの世界がそうです。 この分野への投資は、アプリやサービスの有用性、配信方法の構築など、もう少しわかりやすいものになりがちです。この分野の投資家からデッキが送られてくると、私は喜んで意見を述べますが、それ以上に人工的な名声の世界に思いを馳せるのが楽しいのです。

ステータスゲームの成功は錬金術のように神秘的なものです。そのため、この分野で成功した起業家は、私たちをある種のシャーマンのように考えています。おそらく、投資家の多くは、すでにステータスが高く、人々がなぜバーチャルなステータスを求めるのかをまったく理解していない中年の白人男性だからでしょう(詳しくは後述します)。

写真とフィルターに焦点を当てたインスタグラム、刹那的なメッセージングを行うスナップチャット、6秒の動画制限を設けたVineの台頭により、しばらくの間、新しいソーシャルネットワークは何か新しいコミュニケーション様式の上に構築されるのではないかと考えられていました。しかし、それらは一部であって、全体像ではありません。だからこそ、私たちはスマホでコミュニケーションをする際の、奇妙なコミュニケーション機能やフィルター、人工的な制約といったありとあらゆる組み合わせの失敗実験を目の当たりにしてきたのです。スナップチャットの対抗馬であるフェイスブックのSlingshotを覚えていますか?受け取ったメッセージを見るために、メッセージに返信しなければなりませんでした。あれはまるでマッド・リブによるプロダクト・デザインのようでした。

成功したソーシャルネットワークがどのようにしてプレイする価値のあるステータスゲームを生み出すのかをモデル化する際に、便利なメタファーとなるのが流行のテクノロジーのひとつである暗号通貨です。

ICOとしてのソーシャルネットワーク

新しいソーシャルネットワークは、どのようにICOと類似しているのでしょうか?

1. 新しいソーシャルネットワークは、新しい形のソーシャルキャピタルであるトークンを発行する。
2. トークンを獲得するためには、プルーフ・オブ・ワーク(仕事の証明)をしなければならない。
3. 時間が経てば経つほど、各ソーシャルネットワークで新しいトークンを採掘することが難しくなり、希少性が生まれる。
4. 多くの人々、特に年配の人々は、ソーシャルネットワークと暗号通貨の両方を嘲笑する。

訳者注:
プルーフ・オブ・ワーク (Proof of work): ソーシャルメディアにおいて、何らかの努力、アクションをし、他のユーザーからコンセンサスを得ること。
例えば、インスタグラムでユーザーが素晴らしい写真を投稿することがプルーフ・オブ・ワークとなる。そして、ユーザーは「いいね!」や「コメント」という社会的通貨を採掘する。もしユーザーが日常的な物のつまらない写真を投稿したら、それは非常に弱いプルーフ・オブ・ワークとなる。しかし、例えば美しい夕日の写真を投稿すると、最高の位置に移動し、夕日を待って、正確なタイミングで写真を撮ったということで、強いプルーフ・オブ・ワークを意味する。その証拠として「いいね!」や「コメント」という社会的通貨が与えられる。
参照: 🏆📸🔨Exploring “Proof-of-Work” Within The Non-Fungible Token Space

[ソーシャルネットワークでは、「あなたがランチに何を食べたかなんて、誰も気にしないでしょう」というのが定番の反論ですが、それも時代とともに薄れてきています。ソーシャルネットワークもICOも、無から価値を生み出すように見えるため、懐疑的な人を夢中にさせる傾向があります。希少性の移り変わりは、常に懐疑と不信の跡を残します]。

数年前、私は友人の家に泊まり、その家の2階には友人の高校生の娘と同級生がいました。私たち大人が1階のキッチンでワインを飲みながら、夕食がオーブンで焼き上がるのを待っていると、2階から音楽や足踏み、笑い声などがたくさん聞こえてきました。

ようやく夕食のために彼らを呼んだとき、私は彼らにこの騒動は何だったのかと尋ねました。友人の娘は、Musical.lyというアプリに投稿した録音を誇らしげに見せてくれました。それは、自分たちで作った振り付けを使ったリップシンクとダンスでした。彼らはこの曲を数え切れないほど何度もリハーサルしていました。その結果、汗で顔がテカテカになり、息も荒くなっていました。まさにプルーフ・オブ・ワーク(仕事の証明)です。

私は夕食の間、アプリを夢中で見ながら、彼女たちにアプリのどこが好きなのか、なぜアプリを使っているのか、自由時間のうちどのくらいをアプリに使っているのかをインタビューしました。しかし、これらを分析するのに十分な指標がないため、私はジェーン・グドールが提唱する「対象を研究する方法」を支持しています。大人のステータスゲームはアプリ以外にも、文学から映画まで、既存のメディアで十分にカバーされています。時間の経過とともに記憶から消えていく、私たちも一度は経験した子供時代のステータスゲームの現代的な形態はソーシャルメディアによって大きく変化しています。

他にも様々な例があります。QuoraやRedditに投稿されたランダムな人の長文の回答を読んだことがあるかもしれませんし、YouTubeのブロガーが毎晩のように公開しているのを見たことがあるかもしれませんし、Vineの人気スターが一緒の家に住んでいて、6秒の動画の撮影や編集をお互いに手伝っているのを聞いたことがあるかもしれません。ビットコインの採掘をコンピュータに任せることはできても、ソーシャルネットワーク上のソーシャルキャピタルを採掘するのは、主に自分の血と汗と涙です。

[余談: あなた自身がソーシャルネットワークのスターを目指していないのであれば、スターと一緒に生活することは…お勧めできません] 。

おそらく、現代の若者と一緒に過ごしたことがある人なら、10代の若者が何十枚もの自撮り写真を撮った後、一番きれいに撮れた写真をインスタグラムに公開し、最初の1時間で「いいね!」が集まらないと削除する様子を、恐怖と魅力が入り混じった目で見たことがあるでしょう。これも、プルーフ・オブ・ワーク、あるいは少なくとも精力的な市場調査の一例です。

注目すべきソーシャルネットワークのほとんどは、初期の特徴的なプルーフ・オブ・ワークのハードルを持っていました。フェイスブックでは、気の利いたテキストベースの近況報告を投稿していました。インスタグラムでは、面白い四角い写真を投稿することでした。Vineでは、6秒のおもしろい動画を投稿していました。ツイッターでは、140文字以下の面白いテキストを書くことでした。ピンタレストは?魅力的な写真をピンすること。他にもQuoraやReddit、Twitchなど様々なソーシャルネットワークの成功例があります。成功しているソーシャルネットワークでは、最初からトリッキーな質問をすることはなく、何をユーザーに求めているのかはたいてい明確です。

[外生的なソーシャルキャピタルについて余談ですが、例えばドナルド・トランプのツイートよりも自分のツイートの方が面白く、文法的にも優れていると訴えるかもしれません(おそらくその通りでしょう!)。あるいは、キム・カーダシアンの写真よりも、あなたの写真の方が構図が良く、写真技術の深いレベルで面白いと思うかもしれません。違うのは、彼らはもうひとつのステータスゲームである名声ゲームから、外生的な既存のソーシャルキャピタルをプラットフォームに大量に持ち込んでいることであり、ソーシャルキャピタルのなかにはプラットフォームを超えてうまく伝達されるものもあります。一般的な名声はその一つです。例えば、ツイッターでポール・クルーグマンをフォローしていても、彼のインスタグラムのアカウントには全く興味がないかもしれません。彼がインスタグラムのアカウントを持っているかどうかは知りませんが、もし持っていたとしてもおそらくフォローしないでしょう。]

これらのソーシャルネットワークに早期に参加したことがある人は、相対的に見て、初期の方がソーシャルキャピタル(フォロワー、「いいね!」など) の面で他の人より簡単に成功できるということを知っています。ツイッターの黎明期に推奨フォロワーリストに掲載されていた人の中には、フォロワー数が7桁に達している人もいます。Musical.lyやVineの黎明期の達人たちが大量のフォロワー数を積み重ねていたのもそうです。リーダーボードや推奨フォロワーのアルゴリズムなど、一般的な発見のメカニズムにより、自分をフォローする人が増えれば増えるほど、フォロワー数も増えていきます。

確かに、ネットワークに参加する人が増えれば増えるほど、全体としてはより多くのソーシャルキャピタルが手に入ることになります。しかし、一般的には、後からソーシャルネットワークに参加した場合、信じられないほどの外生的なソーシャルキャピタル(テイラー・スウィフトが地球上のあらゆるソーシャルネットワークに参加して、すぐに膨大なフォロワーを集めることができる) がもたらされない限り、アテンションを集めるための競争は初期の頃よりも激しくなるでしょう。誰もがゲームの仕組みを理解しているので、競争が激しくなるのです。

プルーフ・オブ・ワークが重要な理由

なぜソーシャルネットワークではプルーフ・オブ・ワークが重要なのでしょうか?もし人々がソーシャルキャピタルを最大化したいのであれば、なぜそれをできるだけ簡単にしないのでしょうか?

暗号通貨のように、もしそれが簡単であれば、何の価値もありません。価値は希少性と結びついており、ソーシャルネットワークにおける希少性はプルーフ・オブ・ワークに由来しています。マイニングに必要なスキルや努力がなければ、ステータスにはあまり価値がありません。多くのユーザーが簡単に成果を上げられるソーシャルネットワークが有用でないというわけではありませんが、相対的なステータスを求めて競争することは人間のモチベーションを高めます。「人間はステータス(地位)を求めるサルである」という最初の考え方を思い出してください。ステータスとは相対的なものです。誰もがある種のステータスを得ることができれば、それはステータスではなく、参加型のトロフィーであると定義されています。

Musical.lyは、フォロワーやステータスを得るために、多くの人にとって簡単にはクリアできないハードルを設けました。しかし、それは一部の人たち、特に10代の女の子にとっては、自分が勝つのに適したステータスゲームだったのです。なぜなら、私の2つ目の信条によれば、人は最も効率的にソーシャルキャピタルを蓄積する方法を探すからです。

初期のツイッターを思い出してみてください。その頃のツイッターは、無害ではありますが、あまり活発でない近況報告サービスでした。約12年前に自分が最初にツイートした内容を見てみると、約1年の間隔を置いて最初の2つのツイートをしており、どちらも「税金を払う」という内容でした。振り返ってみると、自分でもあきれるほどでした。初期のツイッターは無害ですが退屈な近況報告がほとんどで、「これはオンになっているのか」という確認的なものが大半でした。結局、私はあなたがランチに何を食べたかなんて気にしない派なんですね。つまり私の携帯画面から出て行ってくださいということです。

ツイッターを変えたのは、FavstarFavrd (どちらも現在は廃止され、ツイッターに無慈悲に殺されました) というグローバルなリーダーボードの登場でした。思い起こせば、当時のツイッターのグラフは今ほど緻密ではなく、ワンクリック・リツイートやモーメントのような配信促進装置もまだ存在していませんでした。

FavstarとFavrdが行ったのは、本当に素晴らしいツイートを表面化させ、スコアボードにランク付けすることでした。私にとっては、これがツイッターにおける遂行的な革命の始まりでした。これにより、フィードバックループに必要なフィードバックが追加され、140文字以下のオチの達人という新しいタイプのコメディアンが誕生しました(インターネットがジョークを消滅させ、Googleのおかげでジョークの設定が常識となった今、ユーモアはすべてオチになっています)。

このような世界規模のツイートスコアボードの登場は、今や名作となった映画**「バトル・ロワイアル」で、ビートたけしが問題児の小学生たちに、島に送還されて死闘を繰り広げることになり、最後に立っていた生徒が勝ち、指定された戦闘区域から抜け出そうとした者は爆発物の首輪で殺されると伝えた瞬間を思い起こさせます。ツイッターが生死を分ける戦いだとは言いませんが、プロダクトマーケットフィット前のツイッターにタイムスリップすれば、そのトーンの違いがよくわかります。

**バトルロワイヤルはその後、ハンガー・ゲーム、フォートナイト、メイズ・ランナー、そして世の中のあらゆるYAフランチャイズからパクられ、オマージュされて来ました。なぜなら、ティーンエイジャーほど野蛮なゲームを理解している人はいないからです。

Favstar.fmのスクリーンショット。これらの古いが馴染みのあるアバターを見るだけで、感傷的になります。おそらく、初期のバーニングマンの信奉者が、金持ち階級が入ってきてドラッグ、ヌード、…のユートピアを台無しにする前の初期の時代を振り返るのと同じようなものでしょう。

昔のFavrdのスクリーンショットを追いかけていると、浮上してきたツイートに今でも笑ってしまいます。

懐かしのFavrdのスクリーンショットをもう1枚

誰もがこのように上手にツッコミを入れられるわけではないことが重要です。このようにして、ツイッター上で自分のプルーフ・オブ・ワークをすることができました。そして、そのフィードバックループが回転し、締め付けられることで、ツイートの全体的な質が向上していきました。そして、「いいね!」を多く獲得した戦略は、人々のタイムラインにどんどん流れていき、皆が学び、競い合いました。

今日のツイッターを読んでみると、思春期前のようなぎこちないありふれた生活情報のツイートはほとんどありません。現在は、パフォーマティブ・ツイッターの後期段階にあり、ほとんどすべてのツイートがお気に入りやリツイートに飢えていて、誰もが訓練された評論家やコメディアンになっています。話題性のある言葉やクールなことわざで溢れています。無害な近況報告のツイッターは、それほど渇いた状況ではありませんでしたが、ビジネスとしては大したものではありませんでした。それでも時々、すべてのツイートが喉の渇きを誘うものではなかった、健全な時代が懐かしくなります。新しいKanye、機嫌の悪いKanye、いつも失礼なKanye、ニュースで騒ぐKanye、甘いKanyeが恋しい、ビートを刻むKanyeが嫌いです。

ステータスへの渇望はポテンシャルエネルギーです。それはStaaSビジネスの生命線です。ソーシャルネットワークは市場で独自のポジションを築くために、何らかの特徴的なプルーフ・オブ・ワークによって得られる独自のステータストークンを提供しています。

逆に、SNSにピボットしようとした写真フィルターアプリの「Prisma」を見てみましょう。Prismaはニューラルネットワークを利用した多数のフィルターを使って、写真を美術品のように仕上げることができるということで、発売と同時に人気を博しました。

Prismaはうまくいきました。あまりにもうまくいきました。

ほとんどの写真がワンクリックで豪華な絵画に変身するため、一枚の写真が際立つことはありません。主役はフィルターであって、ユーザーではありません。だから、他の誰よりも特定の人をフォローすることには意味がありませんでした。スキルという要素がなければ、ステータスゲームやスキルベースのネットワークといった枠組みは存在し得ません。PrismaはStaaSになり損ねたユーティリティでした。

一方、インスタグラムのフィルターは、その初期においては、当時のスマートフォンで撮影された写真の品質を向上させるものでしたが、その品質はほとんどの場合、撮影者に依存していました。構図や被写体の選び方など、撮影者の技量に依存しており、どんなフィルターを使っても、下手な写真を名作にすることはできません。

先ほどの「新しいソーシャルネットワークはどのようにして定着するのか」という質問に対して、StaaSという新しいビジネスは、ユーザー間の差別化を図るために、実際の技術に依存したプルーフ・オブ・ワークを考案しなければならない、と付け加えておきましょう。そうすれば、ICOのように、ユーザーにとって価値のある新しい形のソーシャルキャピタル通貨を生み出すことができます。

ソーシャルネットワークが成功する方法は、これだけではありません。前述したように、ユーティリティやエンターテイメントを中心にネットワークを構築することもできます。しかし、ステータスを追加することで、一見意味のあるユーティリティをほとんど提供していないように見えるネットワークが、なぜ人気を博しているのかを説明することができます(6秒の動画しか作らせないサービスが有用なのでしょうか?)

フェイスブックの独自のプルーフ・オブ・ワーク

フェイスブックはどのようにしてMySpaceと差別化したのでしょうか?最初は、テキストによる近況報告が中心で、必ずしも革新的なものではありませんでした。

実際には、フェイスブックが立ち上がった時にはハーバード大学の学生でなければならないという、世界で最も有名なプルーフ・オブ・ワークのハードルがありました。harvard.eduのメールアドレスを必要とすることで、フェイスブックは世界で最もエリートな文化的フィルターを利用していたのです。これほど強力なエリート主義のぱちんこは他にはないでしょう。

フェイスブックは、まずアイビーリーグの学校に展開し、次に一般の大学に展開することで、狭い年齢層と学歴に基づく排他性を維持しながら規模を拡大していきました。

大学生活の多くを占める、魅力的な異性をストーキングするという幅広い社会的ステータスのゲームに加えて、フェイスブックは世界で最も熱いソーシャルキャピタル競争の予備軍を利用したサービスだったのです。

ソーシャルキャピタルのROI

ある人が何か面白いことをプラットフォームに投稿した場合、どのくらいの速さで「いいね!」やコメント、リアクション、フォロワーを獲得することができるのでしょうか?2つ目の考え方は、人々は自分のソーシャルキャピタルを最大化するために最も効率的な方法を探すというものです。そのためには、戦略の違いによる効果の違いを把握する必要があります。多くの人間はこの点に優れているようです。

ソーシャルメディアの利用率が非常に高い若者は、ソーシャルメディアにかける労力の回収期間やROIに最も敏感な層です。例えば、若者はツイッターを好まず、インスタグラムを好む傾向にあります。

ツイッターでは、たまにバイラルの超新星が生まれないわけではありません。たまに、1,000以上、そして10,000以上の「いいね!」や「リツイート」を獲得したツイートを作成する人がいます(ツイッターは、マネタイズを補うために、1Kクラブや10Kクラブの指定を受けた銀や金の額装を購入できるようにすべきです)。しかし、それは一般的ではなく、ほとんどのツイートは誰にも見られていないのが現状です。若者が文字媒体よりも視覚媒体に偏り、技術的な優位性を持っているという事実を考慮すると、インスタグラムが彼らのソーシャルな戦いの場として好まれるのも不思議ではありません(ソーシャルネットワークの定義を広げれば、若者にとって最も有益な戦いの場はビデオゲームかもしれません。それは十分に合理的ですが、その戦場は男性に偏っています)。

インスタグラムは、公式の再共有オプションがないにもかかわらず、ほぼ無制限のハッシュタグ・スパムを可能にしており、これにより、より決定性の高い、自分で生成した配信が可能になります。また、ツイッターは、携帯電話の画面あたりのツイート密度を一定に保つために写真をトリミングすることに固執しているため、視覚的なミームを広めるのには適していません。

ネットワークのソーシャルキャピタルROIの勾配は、異なる人口層での市場シェアを左右することがよくあります。初期のMusical.lyに若い女の子が集まってきたのは、彼女たちがMusical.lyの基盤であるリップシンク・ダンスルーティンのビデオを得意としていたからです。ソーシャルメディアのヘビーユーザーは、通知が途切れない時代にあって、自分が使っているアプリの間でROIの状況が異なることを強く意識しています。

私はFlickrとインスタグラムに同じ写真を投稿していたとき、インスタグラムがFlickrを追い越すのに時間がかかったことを覚えています。もし私が投資家、あるいは従業員だったら、ソーシャルキャピタルの利率や様々なサービス間の流動性を追跡するために、様々なテストアカウントから様々なソーシャルメディアネットワークに投稿するコンテンツの代表的なカゴのようなものを持っているかもしれません。

どのネットワークでも、コンテンツのリーチを増やすことができる機能があります。リツイートボタンのような再共有オプションは、ソーシャルグラフによってフィードのコンテンツが決まるアプリにおいて、バイラル性を大幅に加速させることができます。ツイッターは、エンゲージメントを高めるために、数年前からツイートの流動性を高めることに積極的に取り組んでいます。ツイッターは、フォローしている人がリツイートしていなくても、その人がいいね!したツイートを表示するようになりました。また、検索タブにはモーメンツが表示されます。モーメンツとは、インスタグラムの「発見タブ」のように、あなたが好きそうなコンテンツを推測し、コンテンツで埋め尽くし、無限にスクロールできるようにしたものです。

TikTokは、ソーシャルメディアにおける新たなプレーヤーとして興味深い存在です。なぜなら、デフォルトのフィードである「For You」は、機械学習アルゴリズムに依存して各ユーザーが見るものを決定しているからです。これに対して、あなたがフォローしているクリエーターのコンテンツのフィードは、1区画上に隠されています。もしあなたがTikTokを始めたばかりで、素晴らしい動画をアップロードしたなら、この選択アルゴリズムによって、多くの人が長い時間をかけて築き上げてきたフォロワーの規模に依存するネットワークで共有するよりも、はるかに早く投稿を配信することができます。逆に、1つだけ素晴らしい動画を作っても、それ以外の作品が平凡だった場合、TikTokでの継続的な配信は期待できません。なぜなら、あなたのフォロワーは、彼らのフォローグラフではなく、TikTokのアルゴリズムによって動かされるフィードの中で生きているからです。

その結果、他のソーシャルネットワークよりも、正負両方のフィードバックループがきつくなってしまうのです。理論的には、アルゴリズムが正確であれば、あなたのフィードに表示されるコンテンツは、あなたがフォローしているアカウントの作品からの引用ではなく、作品の質やあなたの個人的な興味との関連性に最も近いものになるはずです。Bytedanceが国際市場でのユーザー獲得のために何千万(何億?)ものマーケティング費用を費やしている今、新人クリエイターの作品に対するROIの早さは、彼らが定着するために役立つ特質です。

もうひとつ興味深いことがあります。それは、グラフを利用したソーシャルキャピタルの配分メカニズムでは、勝者総取り効果の暴走に悩まされることがあるからです。つまり、早い段階で多くのフォロワーを獲得した人は、その投稿の質に関わらず、他のユーザーよりも多くのフォロワーを獲得し続けることになるのです。ソーシャルネットワークの規模が大きくなると熱が冷めてしまうのは、このようなオールドマネーが一掃されず、新規参入者がゲームに参加するインセンティブを失ってしまうからではないかという仮説があります。

シリコンバレーとマンハッタンなどの東海岸の権力回廊とを比較して、シリコンバレーの地域としての特徴は、オールドマネーの少なさです。例外はありますが、ベイエリアの財閥のほとんどは、ただのニューマネーではなく、今の世代の技術者から生まれたばかりのニューマネーなのです。古いVCや半導体業界の財閥もありますが、ほとんどの人はまだ生きています。

ニューヨークではマンハッタンのアッパーイーストサイドやウエストサイドで何世代にもわたって続くオールドマネーに遭遇したり、偶然良い家系に生まれた若い名士が古い富を街中にまき散らしていたりします。トリクルダウン経済は効果がありますが、多くの場合、家系内で相続されるだけです。

オールドマネーや古いソーシャルキャピタルの存在が、ソーシャルネットワークを必然的に停滞させるというわけではありませんが、ソーシャルネットワークは、品質の定義が何であれ、制作したユーザーの年代が何であれ、最高のコンテンツの配信を優先し続けるべきです。そうしないと、ソーシャルキャピタルの不平等が発生し、現実世界よりも出口コストがはるかに低い仮想世界では、新しいユーザーは、自分の仕事がより適切に報われる、ステータスの流動性が高い新しいネットワークに簡単に移ってしまいます。

シリコンバレーがオールドマネーに支配されることはないかもしれませんが、それは地域にとってはプラスだと思います。停滞した準独占企業が富にしがみついて、イノベーションを助長しない肥大化した規模になるよりは、最も生産性の高い新しい仕事が市場から一貫して報われる方が良いです。これは、ソーシャルネットワークや多人数参加型のビデオゲームでも同じです。初心者の場合、仕事に打ち込めば、どれだけ早く「ゲームに参加」したことになるでしょうか。プルーフ・オブ・ワークは、それら独自の実力主義を定義する必要があります。

多くのソーシャルネットワークがフォロワー数Xまでの時間などの重要な指標を追跡するのと同じように、新規ユーザーに対する投稿のROIを追跡すべきです。それは、リテンションやチャーンを支配する主要な指標となるでしょう。投資家として、あるいは好奇心旺盛な野次馬として、テストアカウントから様々なコンテンツを投稿してソーシャルネットワークをテストし、配信アルゴリズムの効率性と公平性を測ることも有効です。

どのようなメカニズムであれ、ソーシャルネットワークは、ユーザーが自分の仕事に十分な見返りを感じることができるように、コンテンツとそのコンテンツに適したオーディエンスとの間のマーケットメイキングに多くのリソースを費やす必要があります。ソーシャルキャピタルを配分する場合でも、特にそうである場合でも、配信が非常に重要です。

ステータス重視のネットワークでは、なぜプルーフ・オブ・ワークをコピーすることが不適切なのか?

新しいソーシャルネットワークが、成功している既存のソーシャルネットワークをコピーして、ちょっとした工夫を加えたものをよく見かけます。フェイスブックの最近の問題を受けて、プライバシー・ファーストのソーシャルネットワークが登場するかもしれませんが、実際、模造品を研究するには限りがありません。App.netとMastodonは、差別化を約束しながらも、同じ一般的なオープンメッセージングフレームワーク上に構築された2つの著名なツイッタークローンでした。

このようなクローンに近いものはほとんどが失敗しており、今後も失敗すると思われます。StaaSの既存企業が基本的なプルーフ・オブ・ワークのハードルを満たすことができない理由は、一般的にすでに存在するステータスゲームを複製してしまうからです。定義上、プルーフ・オブ・ワークが同じであれば、実際には新しいステータスのラダーゲームを作っているわけではないので、新しいネットワークに誰もいない場合には、乗り換えるための説得力のある理由がありません。

しかし、既存の成功例を真似て成功できないというわけではありません。現実の世界では、新しいお金が新しい古いお金になることがあります。より優れたステータスゲームを構築したり、より価値のあるステータスの形を作ったりすることができます。しかし、通常、このような置き換えが起こるときは、純粋なユーティリティという別の次元に沿って行われます。

例えば、地域的なネットワーク効果によって特定の地域の市場を獲得しただけで、企業として成り立つようになったメッセージングアプリが複数あります。世界を支配する1つのメッセージングアプリがあるわけではなく、特定の地域で勝利を収めたアプリがたくさんあるのです。結局のところ、ほとんどの国や大陸で最も優れたメッセージングアプリは、他の多くの人々がすでにそこで使っているものなのです。

しかし、同じ市場ではどうでしょうか?そこでのプルーフ・オブ・ワークをコピーするのは、厳しい道のりです。先行者の優位性とは、圧倒的なグラフを持ち、最も価値のあるソーシャルキャピタルを持つリーダーが、先行者が立ち上げた新機能を見て、逆にコピーし、より広範で圧倒的な現存者のグラフに移植するようなものです。

中国では、Tencentがショートビデオ分野でのBytedanceの勢いを抑えようと必死になっており、Douyinが第一の敵となっています。テンセントはクローンを立ち上げましたが、視聴者がどの動画にも反応して横並びの動画を記録できる機能を追加しました。BytedanceがそれをDouyinに取り入れるのに約0.5秒かかりましたが、今では世界中のTikTokで人気の機能となっています。挑戦者としてプルーフ・オブ・ワークの競争を変えることができないなら、コピー&スロットルは現存者にとって有効な戦略です。

言うまでもなく、他のアプリの丸パクリは、お粗末なものとして嫌われる傾向にあります。知的財産権の保護が緩いと言われる中国でも、あからさまなコピーアプリには、ユーザーが不愉快なレビューを投稿する傾向があります。中国のユーザーは、アメリカのアプリが中国で模倣されていることをあまり意識していないかもしれませんが、中国国内では、ユーザーは明らかな模倣アプリに飛びつくことはありません。切り替えコストを上回るインセンティブが必要であり、それは中国でも他の国でも同じです。

ここで、いくつかの具体的な注意点があります。私はかつてソーシャルネットワークについて、「The network’s the thing (ネットワークこそが重要である)」と書きました。つまり、ソーシャルネットワークの規模が大きくなったときのグラフの構成が、そのネットワークの最もユニークな品質であるということです。今日、私はそれを更新して、ある機能と特定のグラフのユニークな組み合わせが、ネットワークの最も重要な競争力であると言いたいと思います。あるネットワークの機能をコピーしても、そのグラフをコピーできなければ十分ではありませんが、他の方法で獲得したユニークなグラフにその機能を適用できれば、それは防御可能な優位性となります。

このことは、フェイスブックがスナップチャットの刹那的なメッセージング機能をコピーして若者を取り戻そうとしたり、フェイスブックがLassoでTikTokをコピーしようとしたり、あるいはフェイスブックがどこかで人気のあるソーシャルアプリをほぼすべてコピーしようとしたりすることによく現れています。スナップチャットをコピーすることの問題点は、若者がフェイスブックからスナップチャットに移った理由の大部分が、親がフェイスブックに侵入したからだということです。父親が樽を持ってきてビールポンをしようと言ったからといって、同級生とのパーティを抜け出して親が開いているパーティに戻ることはありません。

フェイスブックの巨大なグラフと、他のアプリのプルーフ・オブ・ワークが組み合わさることで、ステータスゲームの本質が変わり、時には望ましくない方向に変化します。LassoでNellyの「It’s Getting Hot in Here」を口パクで歌っているところを、同僚や仕事仲間、家族や友人に見られたいと思うでしょうか?フェイスブックは、若者を呼び戻そうと、特別なミームタブを考えていると噂されていましたが、これもまた、若者がミーム・ステータス・ゲームをどのようにプレイするかを完全に誤解しています。最終的には、この計画は棚上げされました。

もちろん、有識者がうまくいったとよく引き合いに出すフェイスブックの典型的な機能獲得は、スナップチャットのストーリーズフォーマットをインスタグラムがコピーしたものです。以前にも書きましたが、私はストーリーズのフォーマットは、ソーシャルネットワークの社会的謙虚さの問題に対する真の革新だと思います。つまり、最もひどい目立ちたがり屋を除いて、フォロワーに多くのことを公開するのは気が引けるということです。ストーリーズでは、コンテンツを引き出す責任を視聴者に負わせることで、誰もが罪悪感を感じることなく、定期的に投稿できます。アルゴリズムによるフィードが投稿の流れを分断してしまう世界において、ストーリーズは才能あるクリエイターが連続した物語を作ることを可能にします。

このように、ストーリーズは本質的にユーザーの投稿のハードルを下げ、新しいストーリーテリングの方法を提供するものであり、成長が鈍化している多面的なネットワークは、供給側の社会的な謙虚さを解決できるかどうかを確かめるために、いつかは自分たちのネットワークに移植しテストすることになるでしょう。

皮肉なことに、サービスがストーリー機能にフィルターや機能をどんどん追加していくと、ストーリーズでのプルーフ・オブ・ワークゲームがエスカレートしていくのがわかります。今日のインスタグラムストーリーズの多くは、通常の投稿よりも手の込んだもので、公開するのに時間がかかります。ストーリーズのコンポーザーに用意されているフィルターやステッカー、GIFなどのツールの種類は、インスタグラムの通常の投稿で利用できる限られたフィルターを凌駕しています。軽い気持ちで始めた投稿フォーマットが、今ではより洗練された複雑なものになっています。

ステータスを求めるゲームからサルを連れ出すことはできても、サルからステータスを求める欲求を連れ出すことはできないのです。

テクノロジー史上最大のソーシャルキャピタル創出イベント

テクノロジー史上、いや世界史上、最大のソーシャルキャピタル・ブームを巻き起こした出来事は、フェイスブックのニュースフィードの開始でした。

ニュースフィードが登場する前は、例えばMySpaceやフェイスブックを利用していても、自分のネットワーク内のすべての活動を見つけるためには、あちこちを見て回らなければなりませんでした。特定の年齢層の人々はMySpaceで友人をストーキングする際に、プロフィールを次々とクリックしなければならなかったことを思い出すでしょう。今にして思えば、ソーシャルメディアのユーザーにこのような重いUIの負担を強いることは、滑稽に思えます。もしも、インスタグラムのネットワークに投稿された新しい写真をすべて見るために、新しい写真が投稿されていないかどうかを確認するために、1人1人のプロフィールをクリックしなければならないと想像できますか?ニュースフィードが導入される以前のソーシャルメディアの閲覧は、まるで冬の雪の中、木の皮でできたモカシンを履いて小学校に通うために何キロも歩かなければならなかったという両親の話のようですが、本当に途方もない苦痛でした。

フェイスブックのニュースフィードは、フォローしているすべてのアカウントからのすべての更新情報を1つの連続したスクリーンに統合し、それをデフォルトとすることで、新しい投稿の配信効率を高めると同時に、各投稿に即時アップデートされるスコアボードを付け、事実上1つの巨大なアテンションを集める競技場でユーザー同士を競わせました。まるでパノプティコンが一夜にして反転したかのように、巨大なスポットライトが点灯したかのように、フェイスブックで承認を得るためにパフォーマンスをしている私たち全員が、同じ観客席にいて、1つの大きなつながった無限のステージで、同じ時間に同じ観客に向かってカラオケを歌っていることに突然気づいたのです。

小さな部族の中でステータスを競い合って育った何億人、やがては何十億人もの人間が、いきなりタレントショーに放り出され、これまでに出会った人たちと競い合うことになったのですから、どれほどの重大な変化だったかは、いくら強調してもし過ぎることはありません。

予想通り、すべてが爆発しました。投稿数が増えました。その投稿に対するエンゲージメントも高まりました。これは映画で、何かを立ち上げた後、大勢の人が広い戦場に立って待っていると、突然、コンピューターを見つめるオタクが目を見開いて、「オーマイガー」と叫ぶシーンです。そして、その部屋にいる上級士官(おそらく不機嫌なエド・ハリスかカイル・チャンドラーが演じている)がスクリーンを見に行くと、そこには何か目に見えるカウンターが急速に増加していて、見ている間に絶対的な桁数がリアルタイムで増加していく。そして、会場は歓声に包まれ、さまざまな人がお互いに抱き合ったり、背中を叩いたりしている。そして、ランダムなエキストラが背景のスクリーンを駆け抜け、シャンパンのボトルを振って爆発させ、泡立った泡の流れを空中に射ち出しました。

もちろん、ユーザーは最初はニュースフィードに不満を持っていましたが、彼らの行動はその言葉を裏切るものでした。このことは、後にフェイスブックが、ユーザーは常に泣き寝入りするものであり、世間の反対にかかわらず、将来的に同じような変更を行うことが正しい行動であるという証拠として受け止めることになったということにつながります。

しかし、その昔、ニュースフィードはソーシャルキャピタルの蓄積のためのゴールドラッシュをもたらしました。うわー、あっちの投稿には私の最新の投稿の10倍の「いいね!」がついている!よし、そこから何を学んで次の投稿に生かすか?さて、そこから何を学んで次の投稿に活かせばいいのか?私のコンテンツの中で、最も「いいね!」を集めているのはどれだろう?現代では機械学習の奇跡が語られていますが、社会的な生き物である人間も、オーディエンスにウケるものを解読し、内面化する能力には劣らないものがあります。

10代の若者がインスタグラムの投稿をA/Bテストして、最初の1時間で「いいね!」を獲得できなかった投稿を削除するという話は、風刺の域を超えています。「ブラックミラー」のような番組では、現実にすでに起こったことを示すエピソードに終始します。10,000時間ルールにおいて重要なのは、意図のある練習をすること、そしてすぐにフィードバックが得られるという点です。ソーシャルメディアは、文字通りのリアルタイムフィードバックではないかもしれませんが、それに近いものがあり、その到達範囲は、歴史上のどのソーシャルパフォーマンスの場よりも桁違いに大きいのです。今、私たちの世代は、何十万、何百万ものソーシャルメディア担当者を通して、どのプラットフォームで何が人々を惹きつけるのかを学んできました。それぞれの方法で、私たちは皆、バズフィードです。私たちは皆、キム・カーダシアンなのです。

フィードバックのループがしっかりしていればいるほど、適応が早くなります。初期のツイッターと現代のツイッターを比較すると、カラオケバーで同僚の話を聞いていたのが、ビヨンセのコーチェラ公演を見るようなものです。かつて私は、フォロワーが増えたツイッターアカウントはフォーチュンクッキーのようになってしまうと書きましたが、私は皆がその最終状態に到達するのがどれだけ早いかを過小評価していました。

(フォロワーを増やし続けるツイッターアカウントのレトリックは、フォーチュンクッキーに集約されています。)

SNSでフォローするアカウントの数が増えてくると、候補となるストーリーの数が自分のキャパシティを超えてしまうことがあります。それより前にも、S/N比が低下して、エンゲージメントに影響が出ることがあります。このような変曲点を迎えたネットワークは、ほとんどの場合、アルゴリズムによるフィードという同じ解決策にたどり着きます。

覚えておいてほしいのは、ステータスはある種の希少性から価値を引き出すということです。豊かな時代の基本的な希少性とは何でしょうか?ユーザーのアテンションです。アルゴリズム・フィードの登場は、ソーシャルメディアのゲームの賭け金を高めます。誰かがあなたをフォローしていても、もはやあなたの投稿をすべて見ることはできないかもしれません。「Django Unchained」でディカプリオが言ったように、”You had my curiosity, but now, under the algorithmic feed, you must be earn my attention.” (あなたは私の好奇心を持っていたが、アルゴリズムフィードの下では、私のアテンションを集めなければならない)。

人間は直感的に、自分のステータスに満足することの何割かは相対的なものだと理解しています。重要なのは、自分の絶対的なステータスよりも、周りの人と比べて自分がどうなのかということです。自分のステータスの範囲を仮想的なものとすることで、私たちはそれを思いのほか大きくしてしまったのです。他の人がいかに素晴らしい生活を送っているかを一生懸命アピールしているのを見ると、幸福度が下がるのは当然のことでしょう。

この変化が人類にとってどれほど異常なものであるかを示す証拠として、感覚の移り変わりによってとっくに削除されているはずの、攻撃的なソーシャルメディアへの投稿履歴を持つ有名人がどれほどいるかを見てみましょう。ケビン・ハート、ジョシュ・ヘイダー、トレア・ターナー、ショーン・ニューカムなどの野球選手、その他多くの著名人とそのマネジメントチームは、ダウンサイドオプションしかないにもかかわらず、過去にさかのぼって以前のソーシャルメディアへの投稿を削除しようとは思わなかったのです。

ソーシャルネットワークは、「いいね!」などの投稿の評価を非公開にして、受け取った人だけが見られるようにすることはできなかったのでしょうか。ソーシャルキャピタルの軍拡競争がエスカレートするのを防ぐことはできなかったのでしょうか。技術系のCEOの中には、アラン・グリーンスパンのように、不合理な高揚感が今の状況を招いたと嘆く人もいますが、正直に言うと、これらのネットワークのソーシャルキャピタルの金利を下げるインセンティブは、彼らの目的や投資家の目的を考えると、あまりにも大きかったのです。ある企業が市場にステータスを氾濫させなければ、他の企業が何倍にもなってその穴を埋めていたでしょう。

Pathのようなソーシャルネットワークは、ソーシャルグラフのサイズをダンバー数に制限し、ソーシャルキャピタルの蓄積の可能性に上限を設け、投稿の配布にも上限を設けようとしました。その代償として、より高い透明性、より純粋な自己表現を期待したのです。アンチフェイスブックですね。残念ながら、ソーシャルキャピタル理論が予測するように、Pathは実際にアンチフェイスブックになることに成功しました: 十分なユーザーのいないネットワークです。ビジネスには規模が大きいほどうまくいくものがあります。人々ができるだけ効率的にソーシャルキャピタルを蓄積したいと考えているのであれば、彼らが獲得できる金額に制限を設けることは、残念かもしれませんが、挑戦的なビジネスモデルとなります。

ソーシャルキャピタルの蓄積が若年層に偏る理由

ソーシャルキャピタルの運用資産をユーザー層別にグラフ化してみたいものです。賭けてもいいですが、若者、特に子供が初めて携帯電話を与えられた10代から20代前半の若者がゲームを支配していることがわかります。私の甥っ子が肘の写真をインスタグラムに投稿すると、数百の「いいね!」がつきます。私は、バラク・オバマやビヨンセと一緒にコンガ・ラインを組み、ジェニファー・ローレンスが私の肩に座ってクリスタルを注いでいる写真をシェアしても、甥っ子が肘の写真を投稿したときの「いいね!」の数分の1しかつきません。これは若者のゲームであり、私が成人したLivejournal/Blogger/Flickr/Friendster/MySpaceの時代は、ソーシャルの先史時代のように感じられます。

私たちは皆、ステータスを求めるサルのようなものですが、StaaSという新しいビジネスを立ち上げる際には、若者が槍の穂先となる傾向があり、今後もそうなるでしょう。なぜこのような傾向があるのかについては、ちょっとした余談があります。

第一に、年配の方はより多くのソーシャルキャピタル(社会資本)を蓄えている傾向があります。肩書き、配偶者、子供、家などの不動産、車、自分で組み立てなくてもよい家具、履歴書、大学の学位などです。

[もちろん、これは文化によって異なります。私が育ったアメリカでは、仕事は最も重要なステータスであり、だからこそ、多くの会話が「何をしていますか?」から始まるのです。]

若者は、幸運にも多額の遺産を手に入れない限り、ソーシャルキャピタルに乏しいものです。肩書きもなく、大学を卒業していないかもしれず、家や車などの資産も少なく、大学を卒業していても多額の借金を背負っていることが多いのです。彼らにとって、ソーシャルキャピタルを得るための最速かつ最も効率的な方法は、社内政治のような大人向けのゲームで勝てるようにレベルアップするのを待つ間に、ソーシャルメディア(またはビデオゲーム)で商売をすることです。

第二に、大人はこれまでに蓄積されたソーシャルキャピタルがあるため、オンラインで遊ぶよりもさらにステータスを高めるための効率的な手段を持っている傾向があります。既存のソーシャルキャピタルを維持することは、新しいソーシャルネットワークでより多くの収入を得るために戦うよりも、蓄えられた大きなステータスに利子をつけるだけの簡単な方法なので、より効率的な時間の使い方であることが多いのです。これは数学的な話で、特に損失回避を考慮に入れればなおさらです。

若者は、ガレージに停めてある車のブランドや、住むのに余裕のある地域、組織の中でCEOより何階級下かなど、年配者のステータスゲームの多くを見て、そしてVineやMusical.lyなどのアプリを見てから、次のようなアプリを調べます。VineとMusical.lyです。そして彼らは唯一現実的で最適な道を選ぶのです。2つ目の原則は、人は自分のソーシャルキャピタルを最も効率的な方法で最大化するということです。若い人も年配の人も最適な戦略を追求します。

若い人たちのソーシャルキャピタルが、フォロワーや「いいね!」、仲間や見知らぬ人からのコメントという形で提供されているからといって、その価値が下がるわけではありません。自分の10代の頃を思い出してみてください。そのような規模のソーシャルキャピタルがあったでしょうか。若い頃は、仲間や同世代の人たちに認められることが何よりも大切で、ソーシャルメディアは若者のステータスゲームの範囲をあらゆる方向に広げています。

さらに、年配の方は、新しい技術を習得することに躊躇する傾向があります。それは、新しいステータスゲームを含めて、特にそれが目障りな新しい技術を伴う場合です。理由はいろいろあるが、子育てなどの大人としての責任や、神経の柔軟性の衰えなどが挙げられるでしょう。老犬が新しい芸を覚えないのは、死期が近くなり、その投資に対してプラスのリターンを得られる期間が短くなるからかもしれません。ある時点で、新しい芸を覚える価値が全くなくなり、私たちは皆、テレビ番組に出てくる無愛想な老婦人、例えば「ダウントン・アビー」のマギー・スミスのようになり、周囲の人間の愚かさを痛烈に批判するようになります。私は、死という避けられない現象によって、勇気を持って真実を語るというDGAFの段階に自然に落ち着く時を楽しみにしています。

最後に、多くの大人が「時間がない」と嘆くように、若者には余剰の時間があります。若者の時間のハードルは低いので、余剰の時間を使って新しいソーシャルネットワークを探索したり、ソーシャルキャピタルのリターンが魅力的かどうかを調べるためにマイニングしたりする余裕があるのです。若者たちは、世の中のあらゆるステータスゲームに対して、一貫した言葉で答えます。「身代金を要求されたら、私はお金を持っていないと答えます。私が持っているのは非常に特殊なスキルです。その中には、Blocboy JBの『Shoot』を寝室で踊りながら曲に合わせてリップシンクする器用さと協調性、そしてうまくいくまで何度も何度も繰り返し行う時間があります」(これを書いたのは、リーアム・ニーソンが自分のソーシャルキャピタルの多くに火をつけ、「不義理を働いた復讐心に満ちた父親で、驚異的な戦闘能力と銃器のスキルを持つ」という役を次の高齢男性スターに明け渡した最近の出来事よりもずっと前のことです)。

これらの現代的なソーシャルキャピタルは、新しいお金のようなものです。ニューヨークのアッパーウェストサイドやアッパーイーストサイドに住む年配の人々が、シリコンバレーのパーカーを着た億万長者のような新しいお金を持った俗物を見下すのと同じように、若者よりもこうした新しいバッジを蓄えるのが苦手な年配の人々は、子供たちがアプリで時間を無駄にしているのを嘲笑することが多いのも当然です。

例外は、このソーシャルメディアの最初の黄金時代に育った人たちかもしれません。この世代の若いNBAプレーヤーの中には、初めて携帯電話を手にしたときからインスタグラムを利用していた人もいて、投稿するのは自然なことであり、リーグに持ち込む習慣になっているかもしれません。昔のスター選手が「Sportscenter」で自分を検索したように、多くの若いNBAスター選手が「House of Highlights」で自分の姿を追跡しているのを見てもわかるでしょう。

ソーシャルメディアにおける老若男女の世代間格差が、ソーシャルネットワークが誕生して間もない頃の単なる一過性の異常であり、将来の世代が胎内から墓場までバーチャルなステータスを求める専門家になるとすれば、ソーシャルネットワークにとって、ソーシャルメディアの形成期にあるユーザーを捉えることがより重要になります。

私には多くのものが含まれている(若き血の言葉)

“I contain multitudes” (said the youngblood)
ちなみに、中高年よりも10代や20代の方が、より多くのアイデンティティを持ち合わせている傾向があります。中学・高校では、学校では同級生の中でのアイデンティティ、家庭では家族の中でのアイデンティティを維持しなければなりません。20代の人は、昼間は同僚の中で1つのアイデンティティを作り、仕事以外では友人の中で1つのアイデンティティを作ります。それらの領域では、ステータスゲームが異なることが多く、それらのアイデンティティを統合することには何らかのペナルティがあります。学校の友達に送るはずだったメールを親に送ったり、ハッピーアワーの仲間に送るはずだったメールを上司や同僚に送ったりしたことがある人は、文脈の崩壊という危険な性質を知っています。

さらに、若い世代がビジュアルコミュニケーションを好み、得意としていることを考えると、若者が好むソーシャルネットワークがインスタグラムであり、メッセンジャーがスナップチャットであり、どちらもフェイスブックよりも好きな理由は明らかです。インスタグラムは、自分のアイデンティティのポートフォリオに合わせて複数のアカウントを簡単に作ることができ、スナップチャットは、特定の受信者に個人的にビジュアルメッセージを送ることができる最高の使い勝手の良さがあります。賞味期限切れのコンテンツの削除は、インスタグラムで明示的に実行される場合(例えば、ミームアカウントを使い切った後に簡単に削除できます)でも、スナップチャットのようなサービスで自動的に処理される場合でも、複数のアイデンティティ管理が必要な人にとっては、必須の機能です。

現実世界のグラフとの関連性を明確にし、単一の公開アイデンティティを強制するフェイスブックは、若者のより複雑なソーシャルキャピタルの要件には構造的に適合しないのです。

ソーシャルネットワークの共通点

2軸モデルを使って、ソーシャルネットワークが経時的にたどる共通の道筋を見てみるとよいでしょう。すべてのソーシャルネットワークが同じ経路を辿って有名になったわけではありません。また、それぞれのソーシャルネットワークが今後成長していくための最も生産的な戦略を明らかにすることができます。

最初にユーティリティ、次にソーシャルキャピタル

ツールのために来て、ネットワークのために留まる
(Come for the tool, stay for the network)

これはよく知られている「ツールのために来て、ネットワークのために留まる」という経路です。インスタグラムは、フィルターを使ったユーティリティからソーシャル写真共有の巨大企業へと成長したことを考えると、その良い例です。今日、私は最後にインスタグラムのフィルターを使ったことを覚えていません。

結局のところ、ほとんどのソーシャルネットワークは、このような道のりを歩んだとしても、真に耐久性のあるものにするためには、ユーティリティに回帰する必要があると思います。コマースは、インスタグラムがユーザーのためにユーティリティを高めることができる分野のひとつです。

最初にソーシャルキャピタル、次にユーティリティ

インターネットの偉大なリソースの多くは、名声や認知度を求める人々によって構築されました。

名声のために来て、ツールのために残る?
(Come for the fame, stay for the tool?)

Foursquareは私にとってこれでした。最初の頃は、ランダムな場所でメイヤーの座を獲得しようとチェックインしていました。最近のFoursquareは、単なる風変わりな分散型ソーシャルキャピタル・ゲームではなく、自分の周りの場所に関する情報を提供する、より実用的なものになろうとしています。ヘビーユーザーは、それがどれほど成功しているかについて考えているかもしれませんが、他のアプリが構築できる場所のデータベースをコンパイルするだけで、彼らはユーティリティのストアを構築しています。

IMDb、Wikipedia、Reddit、Quoraなどがその代表例です。ユーザーはステータスを求めてやってきましたが、結果的にコモンズのためのツールを構築するのに役立ちました。

ユーティリティはあるが、ソーシャルキャピタルはない

巨大なソーシャルアプリの多くは、ほとんど実用主義的なものですが、それは厳しい競争の中にあります。

一部の企業は、ネットワークのユーティリティを高めることには成功しても、実際のソーシャルキャピタルを構築することには成功していません(あるいは、試みようともしていません)。

ほとんどのメッセージング・アプリはこのカテゴリーに入ります。すでに知っている人に連絡を取るのには役立ちますが、あまり新しい人を紹介してくれないし、「いいね!」や「フォロー」でステータスを競うものでもありません。Skype、Zoom、FaceTime、Google Hangouts、Viber、Marco Poloなどのビデオチャットアプリも、このカテゴリーに当てはまります。メッセージングアプリの中には、ストーリーズのような機能を追加して、従来のソーシャルメディアのようなパフォーマティブな領域に踏み込もうとしているものもありますが、インスタグラムのような純粋なStaaSアプリと比較すると、そのような機能が普及するかどうかは疑わしいと思います。

この右下の象限には、10億人以上のユーザーを抱える企業が存在しますが、ソーシャルキャピタルを最小限に抑え、純粋にユーティリティ由来のネットワーク効果で勝負しているため、わずかな堀でも血と汗を流して争うような過酷な競争の場になりがちです。

ソーシャルキャピタルはあるが、ユーティリティは少ない

ソーシャルネットワークがユーティリティを確立する前に熱を失ってしまうと、立ち上がりと同じくらいの速さで衰退してしまいます。

Foursquareがここに位置していると主張する人もいるかもしれませんが、この象限で議論する上で最も興味深い企業は明らかにフェイスブックです。フェイスブックにユーティリティがないと言っているわけではありません。いくつかの市場では、それはインターネットのようなものです。Messengerは明らかに10億人以上の人々にとって便利なメッセージング・ユーティリティです。

しかし、米国はフェイスブックにとって重要な市場であり、特に収益化に関しては、もしフェイスブックがユーティリティの軸をさらに押し広げることに成功していたら、今日の状況はどう変わっていただろうかと考える価値があります。私の知り合いの多くは、この1年でフェイスブックを生活から切り離しましたが、日々の生活にはほとんど影響がありませんでした。商取引や決済など、明らかに最大のユーティリティを持つカテゴリーの中で、フェイスブックは広告以外ではトップレベルのプレイヤーではありません。

このことは、フェイスブックが最もよく対比されるソーシャルネットワークと比較すると、特に顕著です。

ソーシャルキャピタルとユーティリティの両立

ソーシャルネットワークの聖杯は、2×2マトリックスの右上象限に収まるほどのソーシャルキャピタルとユーティリティを生み出すことです。ほとんどのソーシャルネットワークでは、この2つの要素が混在していますが、WeChatほどのものはありません。

フェイスブックを捨てて二度と振り返らなかった人の話を耳にしますが、中国ではWeChatを捨てた人はいないでしょう。これは、WeChatがどれほど組み込まれたユーティリティになっているかを物語っており、これを削除することはほとんどの市民にとって大きな不便を強いることになります。

典型的な中国のユーザーのために、WeChatやWePay、AliPayのメニューにあるサービスのリストを見て、フェイスブックがそのどれにも支払いの選択肢がないことを考えてみてください。

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もちろん、競合の状況は重要です。フェイスブックは、これらのカテゴリーにおいて、WeChatよりもはるかに厳しい競争にさらされていました。フェイスブックがこれらのカテゴリーのいずれかでより良いネズミ捕りを作るためには、WeChatよりもはるかに高い要件が求められます。

決済を例に挙げてみましょう。中国人はさまざまな理由からクレジットカードをほとんど使いません。また、Visa、Mastercard、American Expressの3社が中国に進出できなかったことも理由の1つです。そのため、AlipayとWePayは、身の回りの不便さの解消という課題を主に現金と競い合うことになりました。これを例えばApple Payが米国でクレジットカードを使う習慣をなくそうとしていることと比較してみましょう。特に、多くの人々がクレジットカードのポイントやマイルに夢中になっていることを考えると(航空会社のマイレージプログラムも、人々の意思決定に影響を与えるステータスの力を証明しています)。

コマースや決済などの新しいカテゴリーに本格的に参入するには、フェイスブックとその子会社であるWhatsAppやインスタグラムに長期で考える力と大量のリソースが必要になります。例えば、フェイスブックの検索機能を向上させたり、フェイスブックを決済手段として位置づけたり、フェイスブックにバーチャルアシスタントを導入したりするなどの過去の取り組みは、放棄されたように見えます。フェイスブックの暗号通貨への取り組みや、インスタグラムのコマースへの取り組みのような新しい取り組みには、十分な長さの鎖が与えられるのでしょうか?

ソーシャルネットワークの漸近線1:プルーフ・オブ・ワーク

StaaSビジネスの成長が止まる時期をどうやって見分けるのでしょうか?メトカーフの法則によれば、ネットワークの価値はそのユーザーの二乗に比例して成長するのに、ネットワークが突然S字カーブの肩の部分にぶつかるのはなぜなのでしょうか?なぜ、ネットワークがすべての人を取り込むまで成長し続けないのか、それを説明するために欠けている変数は何でしょうか?

理由はたくさんありますが、ここではソーシャルキャピタル理論に焦点を当ててみましょう。暗号通貨の例えに戻りますが、プルーフ・オブ・ワークの選択は、選択されるスキルが均等に分布していないため、定義上、漸近線となります。

訳者注:
漸近線とは十分遠くで曲線との距離が0に近づき、かつ曲線と一致しない直線のことである。Wikipediaより引用

具体的な例として、今話題のアプリということで、以前Musical.lyとして知られていたアプリ、TikTokを見てみましょう。

TikTokの動画を見たことはあっても、作ったことはあるでしょうか?私の推測では、多くの人はやったことがないし、これからもやらないでしょう(でも、もしやったことがあるならリンクを送ってください)。もちろん、私もやったことはありません。

あなたは、あなたの評価によれば、身もだえするほどの尊厳を持っているかもしれません。関節炎のあなたには”Orange Justice”を行うことができないかもしれません。いずれにしても、TikTokのクリエイターコミュニティは、どんなに独創的なツールがあったとしても、最終的にはそのプルーフ・オブ・ワークの性質によって制限されてしまいます。ツイッターでも同じことが言えます。140文字、そして今では280文字の気の利いた情報を作ることを楽しむ人の数は限られています。どのようなネットワークでも、最終的な貢献者の数にはある程度の上限があり、それは多くの場合、そのプルーフ・オブ・ワークの直接的な機能です。

もちろん、ネットワークの価値や総ユーザー数は、投稿者数の直接的な関数だけではありません。ソーシャルネットワークの1/9/90ルールを信じるかどうかにかかわらず、どんなネットワークもそのクリエーター以外の人々にとって価値があることは方向性として正しいです。実際、ほとんどのネットワークでは、閲覧するだけのユーザー数がアクティブな参加者の数をはるかに上回っています。人生は観客動員型のスポーツではないかもしれませんが、多くのソーシャルメディアはそうです。

プルーフ・オブ・ワークが悪いと言っているわけではありません。実際、多くの人の創造性を引き出すような制約条件を考えることは、まさにStaaSビジネスがプロダクト・マーケット・フィットを達成する方法です。制約があるからこそ、圧縮された状態になり、芸術的な美しさが生まれることが多いのです。また、クリエイターに制約を課すことで、全く制約のない探求では得られないような集中的な努力を促すことができます。

しかし、天井は天井です。ネットワークの最終的な価値を知りたいのであれば、プルーフ・オブ・ワークの種類は考慮すべき重要な変数です。なぜMusical.lyが成長を止めてBytedanceに売却したのか、なぜDouyinが中国でユーザー数の上限に達するのか(まだ達していないのであれば)、あるいはどのソーシャルネットワークでもアクティブユーザー数の上限を知りたいのであれば、まず、その分野で競争するスキルと興味を持っている人がどれだけいるのかを自問してみてください。

ソーシャルネットワークの漸近線2:ソーシャルキャピタルのインフレーションとデバリュエーション

投資家や従業員にとって、漸近線よりも恐ろしいのは崩壊です。ギリシャ神話の虚栄心の神Myspakosにちなんで名付けられたMyspaceの崩壊の教訓的な神話を思い出してください(編集部注: 作り話で、実際はNarcissusです)。メトカーフの法則やそれに関連するネットワーク効果の理論があるにもかかわらず、ソーシャルネットワークの中には、成長が止まるだけでなく、さらに悪いことに、縮小して枯れてしまうものがあるのはなぜでしょうか?

StaaSビジネスに内在する脆弱性を理解するには、ステータスの変動性を理解する必要があります。

ソーシャルキャピタルの金利上昇

よくある罠の一つに、ソーシャルメディアの勝者の呪いがあります。ソーシャルネットワークが十分な成功を収めると、その規模が大きくなり、ほとんどのユーザーにとって高いS/Nを維持するために、アルゴリズムによるフィードを課さなければならなくなるのです。これは、FRBが金利を上げることでインフレを管理しようとするのと似ています。

もちろん、問題はこれによって、どのユーザーからのどのような投稿であっても、その配信量が減少してしまうことです。このような決定の中でも最も物議を醸したのは、フェイスブックがニュースフィードに配信するコンテンツの量を減らしたことでした。

多くの機関、特に報道機関は、ニュースフィードに掲載される目玉商品にアクセスするためにフェイスブックを利用していました。彼らは、自分たちのフェイスブックページをフォローしてもらうために、あらゆる種類のプレゼントやプロモーションを考案しました。フォロワーを獲得すると、メディア企業は自由にニュースフィードに何度でも掲載することができ、ユーザーが1日に何度もフェイスブックを開いていることを考えると、魅力的な提案でした。ただでさえインターネットの普及でビジネスモデルが混沌としていたメディア企業にとっては、道行く人に記事を振りまくことから、世界中の人のまぶたの内側に、1日に何度も記事をホチキスで留めることにアップグレードしたような感覚でした。決定的な保証された眼球です。

しかし、ある日、フェイスブックがサノスのように指を鳴らし、その確実なリーチの多くが灰になってしまいました。あなたのページのフォロワー全員が、あなたの投稿のすべてを見ることはできなくなったのです。フェイスブックは、中央銀行がインフレ対策として行うように、ニュースフィードからアテンションを集めるための金利を引き上げました。

このような動きは避けられなかったのでしょうか?必ずしもそうではありませんが、可能性は常にありました。というのも、今日のすべてのソーシャルネットワークやメディア企業には、自然に制限されている希少な資源があり、それはユーザーのアテンションです。ソーシャルネットワークがそのアテンションの一部をパートナーと共有することは、常にそのアテンションを最初に集めて維持することに次ぐものです。例えば、フェイスブックは、ニュースフィードに関しては、コモンズの悲劇に常に注意しなければなりません。メディア機関を救うことは、二の次になるかもしれません。

ソーシャルキャピタル・デフレーション: 希少性の不安定さまたはグルーチョ・マルクスの難問

ソーシャルネットワークに存在する特有のリスクとして、次のようなものがあります。「本来ソーシャルであるものには、ネットワーク効果が正の方向にも負の方向にも強力に働く」というものです。

エラッド・ギル著『High Growth Handbook』の中で、マーク・アンドリーセンはこう述べています。

ネットワーク効果は素晴らしいものだと思いますが、ある意味では少し過大評価されていると思います。ネットワーク効果の問題点は、同じようにすぐに元に戻ってしまうことです。そのため、持続している間は素晴らしいのですが、逆転するときは猛烈に逆転します。MySpaceの人にネットワーク効果がどうなっているか聞いてみてください。ネットワーク効果は、明白な理由により、非常に強力なポジションを作り出すことができます。しかし、別の意味では、それは非常に弱い立場と言えます。なぜなら、もしネットワークに亀裂が入ったら、あなたは解けてしまうからです。私がいつも心配するのは、答えがネットワーク効果だけだと考えている企業です。ネットワーク効果の耐久性は?

ソーシャルネットワーク効果はなぜ逆転するのでしょうか?私がソーシャルネットワークを判断するもう一つの軸である「ユーティリティ」は、価値に上限がない傾向があります。商品やサービスが便利になりすぎたと表現することはまずありません。つまり、ユーティリティを過剰に提供することは難しいのです。VisaやMastercard、Alipayのような決済手段は、利用者が多ければ多いほど便利です。便利になりすぎたからといって、そのサービスを使わなくなることはありません。

ソーシャルネットワーク効果は違います。ニューヨークに住んだことがある人なら、何ヶ月も前から盛り上がっていたナイトクラブが、しばらくして突然潰れてしまうのを何度も見たことがあるでしょう。ソーシャルキャピタルの多くのタイプは、壊れやすい性質を持っています。ステータスは、その価値を決定する希少性を定義するために、調整されたコンセンサスに依存しています。コンセンサスは一瞬にして変化します。『スウィンガーズ』に登場する友人は、LAの混雑したパーティで「ここはどうせ死んでいる」と言い放っていました。また、著名な社会学者であるグルーチョ・マルクスの名言を思い出してください。「私は、私を会員にしてくれるクラブには所属したくない。」

グルーチョ・マルクスの効果はすぐには現れません。そもそもステータスヒエラルキーでは、ステータスの高い人が自分がどれだけ大衆の上に立っているかを実感するために、ステータスの低い人が入会する必要があります。ラスベガスの八海山でボトルサービスを頼んでも、ベルベットロープの反対側に誰も座っていなければ意味がありませんし、ハイスコアが1つしかないリーダーボードも意味がありません。

しかし、レストランやクラブ、ソーシャルネットワークには、その人気を超えてしまうようなティッピングポイントがあります。マルコム・グラッドウェルが「ティッピングポイント」という言葉を世間に広めたとき、彼は物事がどの方向に傾いているのかを明確にしませんでした。私たちは、S字カーブのつま先である急速な普及への転換を美化しがちですが、ファッションのようなステータスゲームでは、人気の弧はS字カーブではなくベルカーブを描きます。ベルカーブの頂点では、あまり華やかではないティッピングポイント、つまり急落する前のポイントに到達します。

ステータスの定義が分散している場合、多くの場合、ある少数派が不釣り合いな影響力を持っています。そのグループ、つまりクールな子供たちが引き金を引けば、誰もが彼らに続いて出口に向かう傾向があります。実際、ソーシャルネットワークの蒸発冷却効果により、最初に出て行くのは最もステータスの高い人や好ましい人であることが多いのです。その時点で、そのプロダクトやサービスはユーティリティ軸上で可能な限り遠くに移動していなければならず、そうでなければ解約の速度が速く鼻血が出てしまいます

[模倣的欲望は残酷な愛人である。ジラードはFyre Festivalで大騒ぎしたことでしょう。おめでとうビリー・マクファーランド、あなたはインフルエンサーの恩恵を欲しがるという罪を私たちが清めるための儀式の生け贄だ」。]

ファッションは、ネットワーク効果の中で繰り返されるブームとバストのパターンを理解し、自らのステータスの切り下げサイクルを所有している、最も興味深い産業のひとつです。雑誌編集者やファッションデザイナーの奇妙な陰謀は、毎シーズン、恣意的に新しいスタイルを今のファッションと宣言し、過去に推奨したものは陳腐化する前に撤退させます。基本的に機能的な変化はありません。今シーズンに買ったシャツは、昨シーズンに買ったシャツ機能的に同じです。業界全体としては、皆がサーフィンしようとしている波のように、希少性のフロンティアを前進させているだけなのです。

今シーズンの流行色はサフランかもしれません。なぜでしょうか?それは、私よりもクールな人がそう言ったからです。テック業界では、デジタル情報が非競争的で限界費用がゼロであることから、何が何でも成長を優先する傾向があります。豊かな世界では、それは理にかなっています。しかし、商品が競合する場合に重要となる、希少性を積極的に管理する方法について、テクノロジーはファッションのような産業から学ぶべきことがたくさんあります。多くの種類のステータスは相対的なものであるため、定義上、ライバル関係にあると言えます。ソーシャルネットワークに適用されるローテーション理論に相当するものがありますが、それはまだ標準的な技術のプレイブックには含まれていません。

このタイプのステータス切り下げカスケードの変形は、特定のグループが参加したときに引き起こされます。これは、ステータスの格子の安定性が、ネットワークの総サイズと同じくらい、ネットワークの構成に依存するからです。テクノロジー分野での典型的な例は、親が強制的にサインオンしたときに若者がフェイスブックから移行したことです。ニュースフィードの配信が驚くほど効率的になったことで、フェイスブックは若者にとって事実上の監視装置となりました。ママやパパが見ているだけでなく、将来の大学や雇用主、デート相手がタイムトラベルして、いつかあなたのプロフィールを精査するのです。フェイスブックが若者のプラットフォームとして魅力的でなくなると、彼らの多くは新しいメッセージング・ソリューションとしてスナップチャットに集まってきました。

以前、スナップチャットの不透明なイースターエッグUIが、親に対するいたずら防止用の蓋のようなものであると書きましたが、ソーシャルネットワークユーティリティ理論と第二言語としての自撮りに関する記事を組み合わせると、スナップチャットは、テキストを優先的に使用する高齢者にとっては最適ではないメッセージングプラットフォームであることも明らかになります。スナップチャットを開くと、カメラが表示されます。誰かにメールを送りたいときは、左にスワイプしないとテキストメッセージ画面にたどり着かないので余計な手間がかかります。

過去に他のアプリの奇妙なクローンを検討したことを考えると、フェイスブックがある時点で、ニュースフィードではなくカメラを最初に開くバージョンのアプリを検討していなかったとしたら、私はショックを受けるでしょう。もしそうなら、リリースされなくてよかったと思います。若い人たちにとっては、親が写ったままのグラフに公開するのは、やはり抵抗があったでしょうし、ビジュアルメディアにそれほど偏っていないお年寄りにとっては、このようなUIは最適ではなかったでしょう。フェイスブックにとっては、悲惨な負け惜しみになってしまうのです。

Patrick Collisonは、物理的な世界におけるネットワーク効果の罠に関する興味深い論文(PDF)を参照しています。これは仮想世界にも存在し、StaaSビジネスには特に多くの罠があります。もう一つの例は、経路依存的なユーザー構成です。熱狂的なアーリーアダプターのグループは、自分たちが好きなコンテンツをサービスに流すだけで、新しいソーシャルネットワークが誰のためのものかを決定することができます。例えばピンタレストは、フロントページのパーソナライズ化が急速に進む前は、基本的なツールセットが男性にも有用であるにもかかわらず、主に女性をターゲットにしたサービスのように見えました。新規ユーザーのフロントページには、すでにサービスを利用している友人のピンが表示されるため、女性に近い初期のコホートが新規ユーザーのフィードの大半を占めていました。私が最初に見たピンタレストのトップページは、化粧品、女性用の服、家の装飾品などが延々と並んでいましたが、これは私の友人たちがさまざまなプロジェクトのためにピンしていたものと同じだったからです。

グルーチョ・マルクスは、ソーシャルキャピタルの哲学者としては時代の先端を行っていましたが、私たちは彼の仕事をベースにすることができます。彼の有名なアフォリズムに、いくつかのバリエーションを加えるべきだと思います。蒸発冷却に関しては、2つのことが思い浮かびます。「あの人たちがメンバーになるようなクラブには所属したくない」「あの人たちがメンバーになりたくないようなクラブには所属したくない」。

ソーシャルキャピタルの評価低下リスクの軽減、そしてスナップチャットの戦略

昨年末に流出したメモの中で、Evan Spiegelは、スナップチャットのコア・バリューの1つが、最速のコミュニケーション手段にすることであることを書いています。

私たちが成長するための最も永続的な方法は、最速のコミュニケーション手段であることに執拗に集中することです。

最近、私はiPhone 4でスナップチャット v5.0を使う機会がありました。スナップチャット v5.0には、Bobbyのオリジナルコードと、私のオリジナルグラフィックが多く使われていました。私のiPhone Xで動作する現在のスナップチャットよりもはるかに高速でした。

イノベーションを起こして多くの新プロダクトを世に送り出そうとするあまり、私たちはスナップチャットを最速のコミュニケーション手段にした核心部分を失ってしまいました。

2019年は、スナップチャットを最速のコミュニケーション手段にすることに注力し、まだスナップチャットの使い方を知らない何十億人もの人々に、当社サービスのコアバリューを解き放つことを目指します。スナップチャットのコアバリューを解き明かすことができなければ、カメラのパワーを最大限に発揮することはできません。

そのためには、仕事のやり方を変えて「最速のコミュニケーション手段」というプロダクトのコアバリューを、スナップのすべての仕事の最優先事項にする必要があります。また、付加価値の高い機能があっても、コアプロダクトの価値が損なわれてしまうような市場では、プロダクトを変更する必要があるかもしれません。

以上、私のソーシャルメディア・フレームワークの3つの軸におけるスナップチャットの戦略を明らかにしました。スナップチャットは、ソーシャルキャピタルの軸を犠牲にして、ユーティリティの軸をさらに推し進めようとしていますが、これは以前にも述べたように、長期的なビジネスを構築するには不安定な要素です。

多くの人は、特にスナップチャット自身は、ずっとアンチフェイスブックであったと言うでしょう。スナップチャットには「いいね!」がないため、破壊的なステータスゲームから人々を解放することができるのです。しかし、そう考えるのは、どんなネットワークでもステータスゲームの武器にすることができるという人類の創意工夫を過小評価していることになります。

スナップチャットを使っている子供たちを研究したことがある人なら、スナップチャットが高校生のステータスゲームやFOMO戦争にフェイスブックと同様に欠かせない存在であることを知っているでしょうし、そのような子供たちがほとんどフェイスブックを使わなくなった今、間違いなくスナップチャットはより重要な存在となっています。ソーシャルメディアアプリの中で、これほど尖った軸を持っているのはインスタグラムだけで、インスタグラムの方がよりあからさまなソーシャルキャピタル蓄積メカニズムを持っているのは事実です。しかし、子供たちがスナップチャットを純粋なメッセージング・ユーティリティのように使っているという考えは、笑い話であり、10代の学生生活がどのようなものだったかを忘れてしまったのではないかと思わせるものです。招待されていないパーティに参加している人たちをインスタグラムで見ても、誰かのスナップで見ても、やはり嫌な気分になるものです。

スナップチャットのオリジナルのBest Friendsリストを覚えていますか?先に述べたように、その時点でスナップチャットの使い方がわかっていたとしても、お年寄りはおそらくそのステータスゲームをしていなかったでしょう。この機能は、10代の若者向けに開発されたものとしては、純粋なステータスゲーム機能でした。スナップの頻度が高い上位3人が表示されるだけでなく、連絡先のベストフレンドの上位3人を確認することもできました。つまり、全員の「友人関係」の階層を公開し、人気度のスコアボードを明示したのです。

私が高校生の時にこれが存在しなくてよかった、私は本当に私がどれだけの敗者であるかの指標を必要としませんでした。

スーパーBFF-domを達成するためのプルーフ・オブ・ワークを知りたくないですか?

フォロワー数や「いいね!」数の集計と同様に、ベストフレンドリストは、人々が非常に特殊な形のソーシャルキャピタルを蓄積するためのメカニズムでした。しかし、プラットフォームの観点から見ると、この機能には大きな問題があります。それは、各ユーザーが1人のベストフレンドしか持てないことです。ベストフレンドは1人しかいないということで、ソーシャルキャピタルの獲得量に上限が設けられていました。

スナップチャットは、ソーシャルキャピタルの蓄積を制限し、ゼロサムゲームをポジティブサムゲームに変えて、頑張っているユーザーや魅力的なユーザーの数を増やすために、非常に人気のあったベストフレンドリストを廃止し、ストリークに置き換えました。

スナップチャットの連絡先リストの右側に表示される数字や絵文字を見たことがない人は、誰からも愛されていません(冗談です、それはあなたが年をとっているということです)。

友達と何日も連続してスナップチャットを利用すると、ストリークが蓄積され、友達リストに記録されます。若者たちはすぐに、友達とのストリークの構築と維持に心血を注ぎました。これは文字通り、友情の証としてのプルーフ・オブ・ワークであり、数値化され、追跡されるものでした。

もちろん、ストリークには制限がないという素晴らしい特性があります。好きなだけストリークを維持することができます。ソーシャルキャピタルに価値がないと思っている人は、携帯電話を持たずに旅行に行ったり、携帯電話や無線LANが使えない場所に行ったりして、自分のストリークがすべて途切れてしまうことに泣きじゃくる若者を見たことがないでしょう。海外旅行を余儀なくされたときには、携帯電話を友人に預けて、その友人がすべての連勝記録を維持してくれるという、ある種のソーシャルキャピタルなベビーシッターやサロゲートのような方法をとっている子もいます。

笑えるのは、若者がいかに効率よくストリークを維持しているかということです。それは毎日の儀式のようなもので、友達のリストをざっと見て、何かランダムなものをスナップして、ストリークのカウントを増やすというものです。私の甥っ子は、カメラを構えることすらせず、ほとんどのストリークを維持するためのスナップは、肘の横や肩の半分などのぼやけた写真でした。

もちろん、ソーシャルキャピタル構造の脆弱性の証拠として、ストリークは熱を失い始めています。スナップチャットの若いユーザーの多くは、もはやストリークを気にしていません。ソーシャルキャピタル・ゲームを維持することは、常に不安定なゲームであり、突然の大規模なデフレ現象に見舞われやすいのですが、ストリークが機能している間は、とんでもない麻薬のようなものです。10代の若者のように頻繁にスナップをしている人にとって、ベストフレンドリストを配信リストの一番上に並べておくことは時間の節約になります。ソーシャルキャピタルとユーティリティはきれいに分けられないことが多いです。

とはいえ、ステータスが不安定であることや、インスタグラムがソーシャルキャピタルの蓄積を目的としたサービスであることを考えると、スナップチャットがメッセージングのユーティリティを高めることを目指すのは悪い戦略ではありません。しかし、メッセージング分野で競争している人なら誰でも知っているように、持続的なユーティリティの優位性を生み出すことは非常に難しいことです。技術競争のゲーム理論では、コピーできる機能はすべてコピーされると考えたほうがいいでしょう。そしてメッセージングは、利益の観点から見ると、決して最も有利なビジネスではないかもしれません。

余談ですが、スナップチャットは「Discover(発見)」ページでエンターテイメントの軸を打ち出しています。ある程度の規模のソーシャルネットワークであれば、ソーシャルキャピタル、ユーティリティ、エンターテイメントの3つの要素を組み合わせて利用することになりますが、それぞれの要素をどれだけ強調するかは、それぞれが選択することになります。

ステータスゲームの半減期を長くする

プルーフ・オブ・ワークが変わらないことの危険性は、いずれその社会的通貨を採掘したいと思う人が皆そうしてしまい、そのほとんどが枯渇してしまうことです。その時点で、ソーシャルネットワークに残されたステータス主導のポテンシャルエネルギーの量は平坦になります。その時点で、サービスが多くのユーティリティを付加することに成功していなければ、ネットワークは陳腐化してしまいます。

この問題に対処する一つの方法は、ユーザーが潜在的なソーシャルキャピタルの新たな蓄えを効果的に作り出す、新しい形のプルーフ・オブ・ワークを追加することです(最大手のソーシャルネットワークは他のソーシャルネットワークよりも優れている傾向があります)。インスタグラムは、正方形の写真とフィルターで始まりましたが、その後、アスペクト比の制約を取り除き、動画を追加し、動画の制限を長くし、BoomerangやStoriesなどのフォーマットを追加しています。親会社であるフェイスブックは、世界中のソーシャルネットワークの中で最も拡大したと言っても過言ではありません。ハーバード大学の学生たちがテキストベースの近況報告をするためのツールだったのが、今では数え切れないほど多くのフォーマットやオプションを持つソーシャルネットワークになりました。これらの新しいハードルは、ビデオゲームにおけるダウンロードコンテンツのようなもので、慣れ親しんだゲームに新しいレベルのスパイスを加えるようなものです。

というのも、フェイスブックは多くの人にとって様々なものであり、もはや誰にとっても何でもないものになっている可能性があるからです。すべての人を受け入れながらも、一貫したステータスの梯子を提供したいと考えるクラブになるのは難しいことです。フェイスブックはステータスゲームに参加したくないと主張することもできますが、そうであれば、もっとたくさんのユーティリティを追加しなければなりません。

ビデオゲームは、その急速なライフサイクルと明らかなスキル対報酬のトレードオフを考えると、この種の分析においてショウジョウバエのようなものです。例えば、大ヒットしたゲームのライフサイクルが約1年半であるのはなぜでしょうか。

新しいゲームは、全く新しいレベルと課題を提供し、プレイヤーはステータス競争に夢中になります。しかし、最終的にはスキルの差別化によって、プレイヤー層がきれいに整理される傾向があります。プレイヤーは自分が極めたレベルに到達した後停滞します。同時に、プレイヤーはゲームの課題に慣れすぎてしまい、達成感によるドーパミンの分泌が少なくなってしまうのです。

例えばCall of Dutyのようなフランチャイズは、何億ドルもの投資をして定期的に新バージョンを出すことで、このサイクルを管理しています。それぞれのゲームは、慣れ親しんだものでありながら、新たなレベルや課題、環境を提供しています。これがライフサイクルです。

ゲームによっては、そのサイクルを長くすることができます。例えば、ラスベガスのカジノゲームでは、リアルマネーを支払うことで、プレイのROIに魅力的なフロアを設定しています。MMORPGの中には、ゲームをプレイするという純粋なスキルの挑戦よりも長く続く、コミュニティの感覚のような他の利点をプレイヤーに提供するものがあります。World of Warcraft、League of Legends、Fortniteなどの長寿命のビデオゲーム・フランチャイズを見ると、並行する業界がいかにしてトップ・プロパティの生産的な中年期を長くすることに成功したかがよくわかります。

ソーシャルネットワーク戦略のフロンティアは、これらの隣接した、より古いソーシャルキャピタルゲームを深く研究することで、ますます広がっていくのではないでしょうか。ファッションも、ゲームも、宗教も、そして社会も、元々はStaaSビジネスだったのです。

ソーシャルに苦戦する企業が出てくる理由

ステータスゲームを嫌悪する人もいます。にもかかわらず、私の知り合いは皆、複数のステータスゲームに参加しています。インスタグラムでハッシュタグスパムをしている人を嘲笑する人もいれば、ツイッターで賞賛のリツイートをする人もいます。ある人は、インスタグラムでハッシュタグをつけている人を嘲笑しながらも、ツイッターで褒められたらリツイートします。親は子供の発表会の写真を見せびらかし、人々は鏡を見ながら自分の服装を評価し、従業員は会議で同僚をねぎらい、起業家は30アンダー30のリストに載りたいと思いながら文句を言い、記者はTechmemeのリーダーボードをチェックするなど、人生はステータスコンテストの入れ子構造になっています。

私は人生の中で、ステータスゲームを超越したような人に何人か会ったことがあります。しかし、それは奇跡のような人であり、他の人たちに虚栄心を抱かせてしまうようなごく僅かな人達です。

ステータスゲームを超えていると主張する人の数は、実際に超えている人の数よりも多いです。彼らが嫌悪感を表明しているのは本物だと思いますが、そうでないとしても、彼らの憤りの危険性は、自分たちのプロダクトがある意味でStaaSを提供するビジネスとして機能していることが見えなくなってしまうことです。

実際、多くのハイテク企業は、経営者の交代や賢い買収がなければ、社会的な活動が苦手であることに変わりはないでしょう。例えばAppleは、ソーシャル機能の構築に幾度か挑戦したことがあります。以前、音楽の分野でソーシャル機能を構築した際には、すぐに消滅してしまいました。また、iOSのフォトアルバムにソーシャル機能を追加しようとしましたが、試してみるたびに何よりも困惑してしまいました。

Appleファンなら、「iMessages」と叫ぶかもしれません。何億人ものユーザーがいて、10代の若者の間で大量に使用されている、それはAppleがソーシャルをできるという証拠ではないでしょうか?ある意味ではそうですが、ほとんどはユーティリティの問題です。Appleのソーシャルへの取り組みは、ソーシャルキャピタルが少ない傾向にあります。

Appleは自らをユーザーのプライバシー擁護の第一人者と位置づけているため、ソーシャル機能の多くがプライバシーとトレードオフの関係にあることから、ソーシャル機能の構築には常に制約があると思われます。しかし、すべてがそうではなく、完全にプライバシーに基づいたソーシャルネットワークが成功する可能性もありますが、1)それは困難なことであり、2)多くの人々がプライバシーを犠牲にしてまで自分の最高の生活をオンラインで見せたいと思っているかどうかは定かではありません。

もちろん、これこそが多くの人々がAppleを愛し、選ぶ理由であり、彼らは使い切れないほどの現金を持っています。誰もAppleに同情する必要はありません。よくあることですが、企業の強みと弱みは、その企業の本質の中にある同じ性質からきています。私はむしろ、Appleが世界で最高のコンピュータを作ることに集中し続けることを望みます。Appleがプライバシーを重視することを、iOSでの写真共有のような厄介なやり取りの言い訳とみなすのは、誤ったトレードオフです。

同じような社会的な近視眼が、Googleにもあります。Googleは、Google+で独自のソーシャルネットワークの構築に挑戦したことで有名です。アップルと同様、マウンテンビューのチームは、ソーシャルキャピタルというよりも、ユーティリティ的なネットワークを構築するのに適しているようです。グーグルは、ソフトウェアエンジニアが最も力を持っている会社だとよく言われます。私の経験では、エンジニアは論理で動く人であり、ステータス中心のプロダクトは彼らにとって嫌悪感や謎めいたものであり、その両方であることが多いです。グーグルは今後もソーシャルが苦手でしょうが、アップルと同様に独自の強みでカバーしています。

奇妙なことに、Googleは2大モバイルプラットフォームの1つを支配しているにもかかわらず、いまだにメッセージングアプリで成功できないでいます。これは、GoogleがGmailで大きな市場シェアを持っているEメールのように、ユーティリティを重視したソーシャルアプリケーションとほぼ同じです。Googleは、特にGoogle Mapsをはじめとする多くのプロダクトで、ユーティリティを高めるためにソーシャルを利用することができたはずなのに、残念なことです。

アマゾンもNetflixもソーシャルの取り組みを開始しましたが、ほとんど忘れ去られています。おそらく、これらの試みは時期尚早で、フライホイール効果を発揮できるだけの十分な規模になる前に世に送り出されたのだと思われます。新しいソーシャルネットワークを立ち上げるのは大変なことですが、買い物やDVDの郵送レンタルなど、発生頻度の低い行動を中心としたソーシャル機能を立ち上げるのはさらに困難です。また、両社のソーシャル活動は、最も洗練されたデザインではありませんでした(フェイスブックは、数十億人のユーザーに対応するソーシャルプロダクトを立ち上げる能力があり、そのデザインチームは、あらゆる文化や年齢のユーザーに使いやすさを提供することに長けていると評価されています)。

偽のレビューが氾濫していることや、プライムアカウントを持っている人の数を考えれば、アマゾンがソーシャルサービスを構築することで、知り合いや信頼できる人からの商品の推薦やレビューを容易にすることができるでしょう。私は、アマゾンの極端にポジティブなレビューもネガティブなレビューも、たとえそれが検証済みの購入者からのものだと記載されていたとしても、ますます懐疑的な目で見るようになりました。このような機能の重要な価値はユーティリティですが、商品の専門家であることによるステータスの向上は、フライホイールを回すエネルギーになります。しかし、アマゾンは、レビュアーランキングやグローバルセールスランクなどの機能を使って、ソーシャルダイナミクスを小売ビジネスに活用してきた実績があります(両方とも、もう少し下の方で説明します)。

Netflixに関しては、私は実際のところ、ビデオのレコメンデーションを生成する上で、ソーシャルは多くの人が考えるほど有用ではないと考えています(これについては別の日に議論しますが、映画の趣味に関しては、小さな違いにこだわるナルシシズムがあると言えば十分でしょう)。しかし、Netflixtにとってソーシャルアクティビティは、今のところ、アプリ内のユーザーにはほとんど見えない、噂話を増幅させ、群衆行動を促す程度の話題性に関する追加レイヤーとして機能します。これはNetflixのような規模の加入者数を達成できなければ成立しない戦略であり、したがって、Netflixがもっと活用できる二次的な規模の優位性の一形態です。

しかし、ソーシャルネットワークであっても、ほとんどの企業の上級幹部が、ソーシャル機能をデザインして活用することに不向きである理由はもう一つあります。それは、勝者の呪いの一種です。

ケーキを食べればいいじゃない

何度も耳にする言葉ですが、ユーザーに共感する最も簡単な方法は、自分自身が標準的なユーザーになることです。私はこの考えを支持する傾向がありますが、残念なことに、私の携帯電話には常に何百ものアプリがインストールされており、プロダクトの時代の流れについていくのが精一杯です。

ソーシャルネットワークでは、ユーザーの目を通して自社のサービスを見ると、誰をフォローしているか、サービスのアルゴリズムが何を提供しているかによって、人によって異なる体験をするという問題があります。何億人、何十億人ものユーザーがいて、文化も違うのに、どうやって状況を正確に把握するのでしょうか。エンゲージメントが高く、成長していることは指標でわかるかもしれませんが、その活動の構成はどうなっていて、誰がどの部分に触れているのでしょうか。

健康的な活動と不健康な活動を区別する指標ができるまでは、ソーシャルネットワークの幹部は、風向きを確認するために指をなめたり、空気中に突っ込んだりして、逸話に基づいて舵取りをするしかありません。自分たちのサービスの問題点を指摘された幹部が無知を訴えても、信じられない人もいるかもしれませんが、私はそうは思いません。コミュニティを運営する上で、最も厚い無知のベールは、何百人、何千人、何百万人ものコホートをわずか一握りのコホートに集約した、整然としたメトリクスダッシュボードです。

ソーシャルネットワークの健全性を実感するためには、ネットワークのトポロジーや、何億、何十億というユーザー間のつながりやインタラクションの量と性質を理解する必要があります。それらをすべて処理することは不可能ですが、重要な詳細部分を失わずに要約することも同様に困難です。

しかし、さらに困惑させられるのは、成功しているソーシャルネットワークの幹部は、世界で最も高いステータスにある人々であるということです。彼らが抱えているのは0.1%か0.001%の問題です。彼らは日々、コアユーザーが常に取り組んでいる問題に直面することはほとんどありません。エンゲージメントの目標は、ソーシャルキャピタル・ゲームとして最適化されたサービスを構築することに向けられるかもしれませんが、彼ら自身はより多くのステータスを必要としているわけではありません(彼らが自分のネットワークでは見つけられないタイプのステータスを除きます)。

[ジャック・ドーシーは例外かもしれませんが、彼が投稿するツイートには、怒りのリプライが絶え間なく寄せられています。彼がパブリックメッセージングプロトコルのマイナス面のリスクを身をもって理解していないとは言い切れません。ツイッターでハラスメントを受けた被害者のためには、厚顔無恥でストイックではないジャックが必要なのかもしれません]。

ソーシャルキャピタルとファイナンシャルキャピタルの交換

[ソーシャルキャピタルの存在と価値を完全に信じているのであれば、このセクションは読み飛ばしても構いませんが、その価値を推定するいくつかの方法を理解するには興味があるかもしれません]。

歴史上最も大きく、最も価値のある企業のいくつかが、ステータス・ゲームを生み出すことで短期間で築き上げられたことを考えると、ソーシャルキャピタルの存在と価値を確信できるでしょう。私たちはソーシャルメディアの時代に生きているので、おそらく文明の歴史の中でソーシャルキャピタル資産のピークにいるのです。しかし、先に述べたように、ソーシャルキャピタルを研究する上での課題の一つは、ソーシャルキャピタルをどのように測定し、その流れをどのように追跡するかについて、合意された定義がないことです。

私はソーシャルキャピタルの明確な定義を見つけていませんが、ソーシャルキャピタルとは、人々のネットワークから生まれる資本だと考えています。この概念をもっと詳しく知りたい方は、このページに定義に関する文献の長いリストがあります。実際のところ、私はソーシャルキャピタルに関しては、最高裁のポッター・スチュワート判事がかつてポルノについて言ったように「見ればわかる」と読者の皆さんを深く信頼しています。

しかし、それ以上に、ソーシャルキャピタルという暗黒物質は、それがより身近な価値のあるものに変換されるような交換を通じて検出することができます。

近所の人からミルクを借りたり、子供の面倒を見てもらったりしたことがある人は、ソーシャルキャピタルの価値を知っています。また、小さな遊牧民が放浪し、他の部族の人々を棒や石で殺すことが日常的に行われていた人類史の初期段階に生きていた人は、ソーシャルキャピタルの存在による保護の繭と、不在時の突然の暴力を通して、ソーシャルキャピタルの価値を知っています。

ソーシャルキャピタルを見極める最も簡単な方法は、人々がソーシャルキャピタルを金融資本と交換している場所を見ることでしょう。ソーシャルネットワークの成熟に伴い、このような交換を促進するためのインフラは大きく進化しています。レベルアップしたWorld of Warcraftのキャラクターという無形の資産がマーケットで売られた時にその価値が分かるように、こうした取引によってソーシャルキャピタルに具体的な価値を与えることができるのです。

ソーシャルキャピタルから金融資本への交換の例として最もよく挙げられるのは、インスタグラムやYouTubeのインフルエンサーたちが行うものでしょう。私は、別の人生ではアバクロンビー&フィッチの外でモグモグしていたり、ロサンゼルスの高級レストランでフロントドアを担当していたりするかもしれないモデルに会ったことがありますが、その代わりに、特定のリゾート地で贅沢に過ごし、特定のスポンサーのプロダクトを身につけたり使用したりしている写真を投稿することで、年収7桁以上の収入を得ています。ジェイクやローガン・ポールが、YouTube配信で得た資金で購入した豪邸の車道で、新しいランボルギーニの前でおめかししている動画を投稿したら、上流でソーシャルキャピタルと金融資本の交換が行われたことになります。流通を再構築すれば、世界も再構築されます。

同様に、逆方向の流れも見られます。ツイッターで何十万人ものフォロワーを買う人たちは、金融資本とソーシャルキャピタルを交換している最もクリーンな例の一つです。その後、そのソーシャルキャピタルを金融資本に戻すには、スポンサーに投稿料を請求するなど、さまざまな方法があります。両者の相対的な価値に応じて、アービトラージが可能です。

[ネット上で多くの人に馬鹿にされているKlout社は、ネット上の人々のソーシャルキャピタルの評価をより正確に追跡しようと試みましたが、真の富裕層が成金を無粋だと馬鹿にするように、多くの人が明確な測定の試みを見苦しいと感じました。しかし、これらの人々の多くは、オンライン上でソーシャルキャピタルを求めて激しく競争しているため、どのようなステータス・ゲームが許容されるかを指定すること自体がステータス・ゲームなのです]。

文化的、文脈的に様々な理由でマネタイズモデルが異なるアジアでは、ソーシャルキャピタルの評価がより明確になります。アジアの多くのソーシャルネットワークでは、ネットワークを離れることなく、ソーシャルキャピタルを直接金融資本に変えることができます。例えば、YYのようなライブストリーミングサイトでは、視聴者から実際にお金がかかるデジタルギフトを得ることができ、その価値をプラットフォームと分け合うことができます。初期のYYは、かわいい女の子がポップソングを歌うだけのものが多かったです。最近では、魅力的なドキュメンタリー映画『People’s Republic of Desire』に見られるように、もっと多くのものに進化しています。

中国では、インフルエンサーを育成・管理する機関が設立されていますが、これは選手の育成やコーチングをする野球のファームシステムのようなものです。ソーシャルキャピタルを自社ブランドのプロダクトラインに変換するスピードは飛躍的に加速していますが、中国ほどそのスピードが速い国はありません。

一方、ツイッターでは、もし自分のツイートが大規模なバイラルになったとしても、GoFundMeページへのリンクを添付したフォローアップのツイートをしなければならず、それに比べると下品なマネタイズハックです。インフルエンサー産業化の最先端を行くのは、アメリカではなく中国なのです。

アジアのマネタイズスキームのすべてがアメリカの文化に移植されるかどうかは懐疑的ですが、この記事で重要なのは、ソーシャルキャピタルには実際の金銭的価値があり、ネットワークはその交換がどれだけ簡単にできるかという点で異なるということです。

ソーシャルキャピタルの蓄積と保管

暗号通貨のように、ソーシャルキャピタルを蓄積しても、それを所有して安全に保管できなければ意味がありません。成功しているソーシャルネットワークのほとんどは、蓄積と保管の両方の仕組みを提供することに長けています。

今となっては当たり前のことかもしれませんが、このような仕組みを提供できず、価値が他のソーシャルネットワークに流出してしまった多くのアプリやサービスを考えてみてください。Hipstamaticは、インスタグラムよりも先に登場し、私がモバイルで使った最初の写真フィルターアプリでした。しかし、インスタグラムとは異なり、フィルターは有料で、プロフィールページもソーシャルネットワークもフィードもありませんでした。私はHipstamaticのフィルターを使ってiPhoneの写真を加工し、それをフェイスブックなどの他のソーシャルネットワークに投稿していました。Hipstamaticはユーティリティを提供してくれましたが、フィルターを使うことで得られるソーシャルキャピタルは何も得られませんでした。

この点を、先に述べたMusical.lyのような企業と比較してみましょう。彼らはユニークなプルーフ・オブ・ワークを考え出しましたが、Hipstamaticとは異なり、ユーザーがミュージカル・スキットを作成することで得られるソーシャルキャピタルの価値を獲得しようとしました。彼らは、これらの寸劇が単にインスタグラムやフェイスブックなどのネットワークにアップロードされることを望んでいませんでした。

そこで、アプリ内にフィードを作成し、優秀なユーザーが自身の作品を配信できるようにしたのです。そうすることで、Musical.lyは自分が生み出したソーシャルキャピタルを所有することができました。もしあなたのサービスが無料であれば、あなたが生み出した価値を獲得するための最良の方法は、その価値が実現され交換される市場を所有することです。

Musical.lyの創業者であるAlex Zhuは、新しいソーシャルネットワークを立ち上げることを、新しい国を設立して既存の国から市民を呼び込もうとすることに例えています。これは面白い例えですが、私は暗号通貨の例えの方が好きです。というのも、ほとんどのユーザーはテクノロジーの世界で複数のソーシャルネットワークの市民となっており、ステータスの分散されたポートフォリオのように、すべてのネットワークでソーシャルキャピタル資産を管理しているからです。

いくつかの基本的なソーシャルキャピタルの蓄積メカニズムは個々のユーザーのために標準化されました。まず、プロフィールがあり、そこにはフォロワー数やリストなどの指標が表示されます。フォロワーやフレンドは、多くのソーシャルネットワークの最小単位であり、フォロワー数の利点は、一般的に時間の経過とともに増加する傾向がある点です。また、フォロワー数はグローバルなランキング指標としても有効です。

局所的なソーシャルキャピタルのスコアリングは、通常、何らかの「いいね!」という形で存在しています。フィードの性質上、最近のアクティビティが優先的に配信されるため、「いいね!」はより刹那的な性質を持っていますが、フォロワーはよりゆっくりと蓄積される傾向にあるため、ほとんどのソーシャルネットワークでは何らかのバージョンが存在します。いいね!」は自分のアクティビティの量との相関性が高く、長期的にはフォロワーや友達よりも価値が低いとしても、短期的には継続的なソーシャルキャピタルの注入源として機能します。

一部のネットワークでは、リツイートのように再共有することで、投稿の配信を加速させることができます(多くの意図しない結果をもたらしますが、それはまた別の機会に議論しましょう)。また、コメントを許可しているネットワークもありますし、その他のネットワーク固有の形態もありますが、これらのほとんどは、投稿に添付できる何らかのソーシャルキャピタルです。

繰り返しになりますが、これはソーシャルネットワークを利用しているほとんどのユーザーにとっては衝撃的なことではありません。しかし、以下のようなソーシャルキャピタルの蓄積を困難にしているソーシャルネットワークを検証することは有益です。

例えば、WhisperやSecretのような匿名性の高いソーシャルネットワークがその例です。このようなソーシャルネットワークの前提は、匿名であることにより、ユーザーが他の人と関わることをためらうような情報や意見を共有できるということでした。しかし、よくあることですが、その強みは弱みとなり、ユーザーはそこで作られたソーシャルキャピタルを主張することができませんでした。これらのネットワークに書き込まれたものは非常に有害であり、それらの所有権を主張することは、全体としてソーシャルキャピタルに負の影響を与えます。

Redditのようなネットワークはカルマを導入することでこの問題を解決しましたが、Redditにとっては、ソーシャルキャピタルを現実のアイデンティティやレピュテーションから切り離すことで解き放たれる暗い非対称インセンティブを抑制することは長い闘いだったと言ってもいいでしょう。

[Balaji Srinivasanは、いつの日か暗号通貨によって、誰かが自分の身元を公にすることなく匿名のソーシャルネットワークから価値を引き出すことができるようになるかもしれないと述べていましたが、少なくとも今のところ、ソーシャルネットワーク上のステータスの多くは金銭的な性質のものではありません。その多くはただの笑い話です]。

一人のユーザーにとって、ソーシャルネットワークの粘着性は、そのネットワーク上に蓄積されたソーシャルキャピタルの量と強い相関関係があることが多いです。ソーシャルネットワークを捨ててしまう人もいますが、よほどのデフレでもない限り稀です。

また、ソーシャルキャピタルは腐らないものであるため、捨てやすい傾向にあります。ツイッターのフォロワーが他のネットワークでは何の価値もないのであれば、面倒なことをする価値がなくなれば、アカウントを手放す方が苦痛ではありません。ツイッターやフェイスブックのようなソーシャルネットワークでは、かつてユーザーが自分のグラフを他のネットワークに移植することができました。また、フェイスブックは、サードパーティのサービスやアプリが自分たちのグラフの上に構築することで得られるインバウンドのソーシャルキャピタルの価値を過大評価していたこともありました。

グラフの移植が制限されていることは、既存のソーシャルネットワークから見ればプラスですが、ユーザーから見ればフラストレーションが溜まります。独占禁止法の消費者福祉基準に照らしてソーシャルネットワークに取り組むことが難しいことを考えると、巨大なネットワーク効果ビジネスの力を抑制するための選択肢として、(多くの人が提案しているように)ユーザーが自分のグラフを他のネットワークに持ち込むことを認めるようにすることが考えられます。これにより、ソーシャルネットワークは、ソーシャルキャピタルの軸では力を失い、ユーティリティやエンターテイメントの軸で競争することになります。

ソーシャルキャピタル・アービトラージ

ソーシャルネットワークには異なるオーディエンスが集まることが多く、また、ユーザーが重なっていてもグラフの構成が異なることが多いため、アプリ間でソーシャルキャピタルを裁定する機会が存在します。

その代表的な例が、インスタグラムの人気アカウント「@thefatjewish」(本名はジョシュ・オストロフスキー)です。彼は、ツイッターやその他のソーシャルネットワークで他人が言ったジョークを、自分のジョークとしてインスタグラムに投稿することで、何百万人ものフォロワーを獲得しました。何百万人ものフォロワーと「いいね!」を集めただけでなく、CAAとの契約も獲得したのです。

そのことを指摘された彼は、「繰り返しになりますが、インスタグラムは、私が行っている、より大きなことの一部に過ぎません。私には、クイーンズのネイルサロンの裏で働いているインターン達がいます。たくさんのことをやっています。私は本を書いていて、ロゼを飲んでいます。彼らにお風呂に入ってもらわなければなりません。他にもいろいろとやってもらいたいことがあるんです。極めて切迫した状況であるとは思えませんでした」と主張しました。これは本当に長くて奇妙な言い方ですが、嘘がバレてしまいました。彼らを入浴させているインターンの軍隊を持たない者にに最初の石を投げさせましょう。

それ以来、インスタグラム上の同様のジョークアグリゲーターのアカウントは増殖し続けていますが、その中には写真の中にそれぞれのジョークの適切な属性を含めるという、太っ腹なスキャンダル後の社会的規範に従っているものもあります(例えば、「借りた」ツイートの写真の中にツイッターのユーザー名とプロフィール写真を含めるなど)。しかし、多くの人はそうしません。また、そうしている人でも、最も顕著なものは反発を引き起こすことがあります。fuckfuckjerryというハッシュタグは、人気のインスタグラムアカウント@fuckjerry に対する新たな抗議です。このアカウントは@fatjewishと同様に、他人の最高のジョークをキュレーションし、それをデイトレードして小さなメディア企業にしたものでFyre Festivalの大失敗にも登場しました。

同じようには機能しない複数のソーシャルネットワークがある限り、あるネットワークから別のネットワークに仕事をコピーして、流通のギャップを埋めるためのソーシャルキャピタルを蓄積するソーシャルメディアアービトラージが存在し続けるでしょう。インターネットが普及する前、男性は才能のあるコメディアンから個性やウィットを盗み、会話の中で映画やミッチ・ヘドバーグのジョークを引用していました。これは、その現代的な形であり、インターネットのスケールの大きさによって強化されています。

ソーシャルメディアへの投稿の多くは、誰かの作品からステータスを得ようとしているに過ぎません。冒頭の2つの考え方は、この種のアービトラージが常に存在することを示しています。例えば、誰かがツイッターやフェイスブックの記事にリンクしたり、他人の本の段落をスクリーンショットして投稿したりすることを考えてみましょう。再共有の利益をどのように分配するかによって、オリジナルの制作者の反応の大きさが変わってくるようです。インスタグラムの@thefatjewishや@fuckjerryのようなアカウントへの反発は、再共有するジョークの相手と価値を共有していないことが原因かもしれませんが、例えば、本の抜粋をツイッターに投稿すると、著者にとってはありがたい宣伝になります。

一時的なエネルギー源としてのソーシャルキャピタル・ゲーム

ソーシャルキャピタルのインセンティブ構造は、適切に構築されれば、かけがえのないインセンティブとして機能します。例えば、インターネット上の良質なコンテンツをキュレーションすることは、コンテンツが無限に存在するこの時代においては永遠の課題であり、面白いものを発見したら報酬を与えるというのはインターネット上の最も古くて信頼できるマーケットの一つです。

その代表的な例がRedditで、ユーザーは面白いリンクやその他のコンテンツを持ってくると、文字通り「カルマ」と呼ばれる通貨と交換します。カルマを貯めると、自分のサブレディットを作成したり、特定のプライベートなサブレディットに参加したりすることができるなどの特典があります。

ツイッターもまた、フォロワーや「いいね!」の数を増やすために、面白いコンテンツを発信する人が多いソーシャルネットワークです。適切なアカウントを十分にフォローすれば、ツイッターは面白みのある小粒の分配者となります。

また、ソーシャルネットワークとは思えないような企業でも、ある問題を解決するためにソーシャルキャピタルゲームを利用することがあります。あるクリスマス休暇に夜食を食べようと階下に降りていくと、3人の父親である友人がまだ起きていて、ノートパソコンを打っていました。数時間後には起きて子供たちの世話をしなければならないのに、何をしているのかと尋ねると、彼は恥ずかしそうにYelpエリートのステータスを維持するために、たくさんのレビューを書いていたと言いました。今でも私の友人の中には、昔参加したYelpエリートのパーティのことを懐かしそうに話す人がいます。

初期のYelpは、いくつかのパーティーを開くだけで、どれだけ多くのレビューを集めることができたかを考えてみてください。それは間違いなく価値のあることであり、そうでなくなった時点で(ニューヨークの一風堂の9655件目のレビューを書くことの限界値は何か?)簡単に縮小されたり、廃止されたりするものです。

アマゾンはソーシャルを理解している企業とはあまり思われていませんが、Yelpよりも前の初期の頃、ユーザーのレビュー数を増やすために同様の戦術を採用していました。アマゾントップレビュワーは、アマゾンのすべてのレビュワーを世界的にランク付けしたリストでした。自分のレビューに対して買い物客からより多くの「役に立った」を集めることで、自分の順位を上げることができました。私の記憶に残っているのは、このリストを何年にもわたって独占し、印刷されているほとんどすべての本をレビューしていたハリエット・クラウスナーです。アマゾンは今でもトップカスタマーレビュアーリストを維持していますが、レビューの量がアマゾンにとって現実的な問題ではなくなってきているため、時間とともに価値が下がってきています。

もうひとつの例は、アマゾンが効果的に採用していたステータスゲームで、今はもう存在しない「グローバルセールスランク」です。一時期、アマゾンのすべての商品は、他のすべての商品と比較され、動的な売上ランクのリーダーボードにランク付けされ、その数字は各商品の詳細ページの上部に目立つように表示されていました。本の著者は、自分の本の販売ランクを上げるために、顧客をアマゾンに誘導していました。これは、今日の著者が発売週にNYTimesのベストセラーリストに載ることを期待して、自分の本を発売時にある程度の量を購入することを約束するのと同じです。

IMDbやWikipediaは、その分野の専門家たちのステータスを求める気持ちと利他的な気持ちが同居する仕組みを構築することで、価値あるデータベース全体をほぼ完全に構築した2つの企業です。Redditと同様に、これらのサービスで一定の評判を蓄積することで、追加の能力が解放され、両社とも非常に低い制作・編集コストで巨大な情報データベースを構築しました。

このようなソーシャルキャピタルを蓄積するインセンティブは、ステータスというポテンシャルエネルギーを、ベンチャーが必要とする運動エネルギーに変換する方法と考えることができます。

有名人のアプリが失敗する理由

一時期、セレブの間では自分のアプリを立ち上げることが流行しました。カーダシアンのアプリが最も顕著な例ですが、他にもあります。

ソーシャルキャピタルの観点から見ると、これらのアプリは、有名人自身のステータスを下げるだけで、ほとんど価値を生み出しません。参加する人のほとんどは、その名を冠した有名人のコンテンツを求めています。アプリのユーザーであるファン同士の交流は、ほとんどないに等しいのです。基本的にこれらのアプリは、スター自身の配信チャンネルであり、耐久性のある資産というよりは、虚栄心の強いプロジェクトになる傾向があります。

このようなアプリがユーザー間の交流を促進しようとすることは想像できますが、それは非常に複雑な取り組みであり、そのような取り組みの多くは、これを引き受けるスキルも、それをやり遂げるために必要な意志や資本も持ち合わせていません。

このような有名人によるベンチャー企業を考える別の方法として、問題となっている有名人のソーシャルキャピタルをすべて取り除いた場合の、プロダクトやサービスのソーシャルキャピタルとユーティリティを測定することができます。たくさんの人からたくさんの人を引いたものは、ゼロに等しいのです。

結論: 誰もが世界を支配したいと思っている

オビ=ワン・ケノービの不朽の名言に「ステータスはジェダイに力を与えるものだ。それはすべての生物が作り出すエネルギーフィールドである。それは我々を取り囲み、我々を貫く。それが銀河を結びつけるのだ」というものがあります。

大手ハイテク企業の多くが部分的にはStaaSビジネスであるということは、あまり議論されていません。多くの人は、自分がステータスによって動機づけられていることを認めたがらないでしょうし、自分の会社でやるべき仕事が人々のエゴを満足させることだと認めるCEOはほとんどいないでしょう。

ユーザーの視点から見ると、常に接続されている携帯電話のソーシャルアプリで常にステータスゲームをしていると、心が疲れてしまうという話が増えてきています。StaaSをFOMO as a Serviceに置き換えることは簡単です。マンハッタンやシリコンバレーで、とんでもない大金持ちがいまだに悲惨な目に遭っているのはこのためです。

この記事は、ストイシズムや仏教、超越瞑想、心の平穏を得るためにスマホのアプリを削除することなどを説いたMediumの思想書という、よくあるジャンルに私が貢献するものではありません。自分の幸せをコントロールしたいのであれば、他人のスコアボードに縛られてはいけないということです。

映画『ヒート』でのニール・マコーリーの言葉を思い出してください。

快楽的なトレッドミルから抜け出すためには、ステータスをテーマにした名作映画『ヒート』に登場するロバート・デニーロ演じるニール・マコーリーの言葉に耳を傾けてみましょう。「熱を感じて30秒で逃げ出すことができないようなソーシャルキャピタルに執着してはいけません。」

ヒートの最後に、彼は自分のアドバイスに従わず、どうなったかを見てみましょう。

しかし、私はシーザーを葬るために来たのではなく,また彼を賞賛するために来たのでもない。むしろ、エミリー・ウィルソンが『オデュッセイア』の素晴らしい新訳の冒頭で述べているように、「複雑な男について教えてくれ」。インターネット全体の多くは、評判のような無形のインセンティブであるソーシャルキャピタルの基盤の上に構築されています。今日のような巨大ハイテク企業が出現する以前、私はニュースグループ、ブログ、膨大なFAQなど、世界全体に貢献することで得られる評価からドーパミンの刺激を感じている人々が作った無数のリソースを調べていました。アマゾンでは、このようなモチベーションを高めるための通貨を「egoboo」(egoboost)と呼んでいます。エゴブーで成り立っているウィキペディアのようなものは、とんでもない奇跡だと思います。私はそれを失いたくありません。私たちはそれを失う必要はないと思うのです。

もちろん、フォースのように、ステータスは人間の本質の最も暗く残酷な部分の燃料としても同様に強力です。ツイッターとフェイスブックのそれぞれのミッションステートメントを見てみると、「すべての人に障壁なくアイデアや情報を創造し、瞬時に共有する力を与える」、「人々に共有する力を与え、世界をよりオープンでつながりのあるものにする」というものですが、これらが基本的にポジティブな結果であるという前提に立っているのが印象的です。誰もがつながり、誰もがすぐに情報を共有できるようになることで、どのようなマイナス面があるのかについては何も問われていません。

もちろん、両社をはじめとする多くの企業は、何十億人もの人々を無防備に接続することで生じる、しばしば無制限のダウンサイドリスクに対処しなければなりませんでした。2016年の選挙でロシアがソーシャルネットワークに侵入したことに関する上院情報委員会の報告書を読むと、多くの点で、ロシア人はこれらのサービスを運営するプロダクトチームよりもユーザーをより正確に理解していたことがわかり、不安になります。いずれにしても、そのコストの多くは企業ではなく社会が負担しています。企業はそのモデルの無限のアップサイドから利益を得ているので、企業がコストを負担するのは不合理ではありません。工場で川を汚染するコストを企業が負担するのと同じです。そうすれば、ハンター・ウォークが指摘したように、利益率は下がりますが、社会や言論はより健全になるかもしれません。

ツイッターで人気のある意見とは逆に、これらの企業のリーダーが人文科学の学位を持っていないことが問題なのではありません。しかし、人間がソーシャルキャピタルを追求するようにできていることを無視しても、解決にはなりません。むしろ、このような人間の本質的な側面を見過ごしてきたために、ソーシャルネットワーク第一期の終わりに、どこですべてがおかしくなったのかと悩むことになったのではないでしょうか。もしこれらのネットワークをステータスではなく情報だけを取引する市場と考えるならば、私たちは機械の一部しか見ていないことになります。威嚇の電話は、ずっと家の中からかかってきていたのです。ベン・トンプソンは、技術系エグゼクティブのこのようなナイーブさを「ポリアン的な仮定」と呼んでいます。

私はこれまで複数のプロダクトに携わってきたので、人間との関わり合いを無傷で生き残れるプロダクトはないという事実に共感しています。しかし、StaaSビジネスの最初の時代は終わりつつあり、無知を訴えることは今後も通用しません。そうすると「カサブランカ」のルイ・ルノー船長のようになってしまいます。


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👉 Eugene Wei

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